ユンジェは久しぶりに、夢の中で(じじ)と会った。

 ティエンと出逢う前は、人恋しさによく(じじ)と夢で会っていたのだが、彼と出逢ってからはその機会がめっきり減ってしまった。
 それだけ寂しくなくなったのだから、悪い話ではない。

 でも無性に会いたくなる日もある。
 ユンジェは夢だと分かっていながら、(じじ)との再会を喜んだ。さっそくティエンと家族になったことや、旅をしている話をしよう。焼けた故郷の話や、リオの結婚も話してやらねば。

 あれ、(じじ)が急かすように背中を押してくる。まだ何も話していないのに――そういえば、妙に腹がすいてきた。何か食べて来ようかな。何か食べて。

「良かった。ユンジェ、気が付いたのね」

 目を開けると、(じじ)は消え、安堵したリオが顔を覗き込んでいた。寝ていたのだと察したユンジェは、寝台に入った前後がないな、と寝ぼけた頭で考える。

 それを尋ねようと声を出すが掠れた。風邪を引いたような、がらがら声だった。

「まだ動いちゃ駄目よ。傷が開くわ」

 身をよじって起き上がろうとするユンジェを、リオが慌てて止める。肩に鋭い痛みが走った。おかげで一気に目が覚める。

「体が動かねーんだけど。なんでだ」

 しかも、妙に頭がくらくらする。まるで全力で走った後のよう。やはり風邪だろうか。

「ユンジェ、憶えていないの?」

「憶え……あれ、ティエン」

 首を動かすと、ティエンが隣で身を丸くしていた。
 部屋は明るく、蝋燭に火も灯っていないので、日中だと分かる。なのに、彼は芯から眠っていた。ユンジェの右手を握り、寝息を立てている。青白い顔は彼の具合を示していた。

「ティエンさん。寝ずにユンジェの看病をしていたの。さすがに、三日が限界だったみたい。ご飯も水も取ってくれなくて、説得するのに大変だったんだから」

 ユンジェはようやく、自分の身に起きたことを思い出す。
 そうだ、自分は斬られたのだった。この痛みは賊にやられた時のもの。じつを言うと、斬られた後のことはあまり憶えていない。

 ただ、ただ、無我夢中に走ったことだけは、鮮明に憶えている。

 リオにみなは無事なのかと尋ねる。彼女は頷き、ジセンが軽傷ではあるが、他の者達は無事であることを教えてくれた。


 あの騒動から今日で四日目。
    
 ユンジェはその間、一度も目覚めず、高い熱を出していたそうだ。大量に出血していたことも原因だろうと彼女。ちなみに例の賊共は、織ノ町の駐在所に引き渡された。

 曰く、この土地では知らぬ者などいない、悪名高き辻強盗だったそうだ。
 織ノ町や周辺の養蚕農家、旅行商人などを相手取り、金目の物や人を攫っては懐を豊かにしていたという。

「元は傭兵だったそうよ。内一人が養蚕農家の子で、この辺りを知り尽くしていたみたい」

 なるほど。だからあの夜、容易に敷地に侵入できたのか。
 ユンジェは複雑な気持ちになる。養蚕農家の子どもであれば、仕事や身分もひっくるめ、家業の苦労も知っていただろうに。

「なんか。ごめんな。お前の家を騒がせて。あとで、ジセンにも謝らないと」

「何を言っているの。ユンジェ達のおかげで、賊を捕まえられたのよ。それどころか、私達を守ってくれたじゃない。ジセンさん、町長に感謝されたそうよ」

 賊共には賞金が懸けられていたらしく、目を瞠るほどの大金を貰ったそうだ。ジセンは困ったように笑い、こんなことを言っていたという。


『災いを歓迎したら、本当に幸いが降ってくるなんて。助けられたどころか、こんな形で大金が手に入るなんて思いもしなかったよ』


 それを聞いたユンジェは、思わず笑声を漏らす。そう思ってもらえるなら心も軽い。なんにせよ、迷惑を掛けたことには違いないのだから。

「でも、賊をどうやって運んだんだ。ジセン一人じゃ大変だっただろう?」

 するとリオが苦い顔を作り、突き上げ戸の方に視線を流した。つられて頭を持ち上げたユンジェは、物の見事に顔を引き攣らせる。

 そこには満面の笑みを浮かべたカグムが、腕を組んで立っているではないか。なんでここに彼が。

「あの人達が手伝ってくれたの。ユンジェの止血をしてくれたのも、あの人達なの」

「止血はハオだよ。あいつは看護兵だったからな」

 ユンジェは枕に頭をあずけ、深いため息をつく。
 本来であれば感謝しなければならないのだろうが、相手が相手だ。せっかく織ノ町で撒いたのに、なんでそこにいる。ああもう、笑顔が嫌味ったらしくて仕方がない。


(お手上げだな。ほんと)


 これはあれだ。今度こそ逃げられないというやつだ。
 謀反兵らに見つかっているだけではなく、ユンジェ自身が怪我人なのだから。

 向こうも分かっているのだろう。笑みを深める。

「ピンインさまが目覚め次第、お前を連れて発つ。下手なことは考えない方が身のためだ」

 分かっている。
    
 ユンジェはティエンに掛かっている衣に目を向け、それを引き上げて掛けなおしてやる。手を放す様子はない。それだけ、心細い思いをさせてしまったのだろう。

「カグム。助けてくれてありがとう。俺が寝ている間、世話を焼いてくれたんだろう?」

 どのような理由があろうと、ユンジェは彼等に助けられている。そして、友のリオ達に手を貸している。それについては礼を言わなければ。

 カグムは小さく頷き、気持ちを受け止めてくれる。それはそれ、これはこれ、と弁えてくれているのだろう。

「ユンジェ……」

 リオが眉を下げ、心配を寄せてくれる。嬉しいが、こればっかりはどうしようもない。ユンジェ達は見つかった。今の自分達に逃げ出す術はない。だったら、おとなしく従うしかない。