次の日は、珍しく遅刻もせずに学校に着いた。昨日は結局、そのまま店に泊まったから。一晩経ったら、少し頭の中が落ち着いていて、ちゃんと呼吸をしている自分がいた。宮本さんは、朝になってもあの女性については一切触れてこなかった。……何かを察しているのか、聞くに聞けないのか。俺自身、昨日のことを思い出すと、さあっと胸の中が薄ら寒くなる。でも、今はその感情も幾分かおさまった。多分、宮本さんたちのお陰なんだろう。
「よーっす、日向、元気ー?」
 教室のドアを開けようと手をかけた瞬間、突如首筋に激痛が走った。朝からプロレス技をかけられた俺は、あからさまに不機嫌な目つきで彼を睨んだ。
「カケル……お前、朝からうざさ極め過ぎ」
「声低っ! 何お前、今日いつにも増して低血圧じゃね?」
 俺はカケルの足を無言で蹴飛ばしてから教室に入った。痛そうにしていたけれど無視だ。騒々しい教室の隅っこに荷物を置いて、よくよく考えを巡らせてみた。今、確実に分かっていることは、雪さんは普通の人ではないということ。
 今思えば、高校生の俺にあんな風に絡んでくる時点で不自然だった。気味が悪かったけれど、それよりも怖いことがあった。もしガラスを割ったのが彼女なのだとしたら、なぜ中野のおばあさんの店を襲ったのか……。いや、あの店が中野のおばあさんの店だとは知らなかったはずだ。でも何かが引っかかる。もしかして、中野のおばあさんの店だと知っててやったのか? 何かの警告として。そのとき、ひとつの考えが脳裏に浮かんだ。――彼女も超能力者なのか……? いや、そんなはずはない。もし、そうであっても、俺に関わる理由も見つからない。
「あっ。日向君、おはよ」
 頭がショートする寸前、人懐っこい笑顔を見せて、中野が俺に近づいてきた。俺の秘密を知っているのは中野だけだ。俺と彼女の関係の中で特別な点は、そこしか見つからない。
「日向君、こないだはほんとにありがとう。残念ながら犯人はまだ見つかってないんだけど……」
 そう言って苦笑する中野を見たら、胸が苦しくなった。この先、また中野をわけの分からないことに巻き込んでしまうかもしれない。何が起ころうとしているのか、全く俺も見当がつかないけれど、嫌な予感がする。
「……日向君?」
 俺は、中野の隣にいてもいいのかな。当たり前のように、秘密を守ってもらってきたけれど、そんな風に俺と関わる機会を増やすのは、すごく危険なことだったのかもしれない。俺は、この能力を持っている人の世界をあまりにも知らなさ過ぎた。もし、雪さんのことがただの思い過ごしだったとしても、危険なことになんら変わりはない。中野に秘密を知られてから、いつの間にか能力への意識が薄れていた。普通の人間になれた気がしていたのかもしれない。どこかで。
「どうしたの? 顔色悪いけど」
 ずっと黙りっぱなしの俺を変に思ったのか、中野は心配そうに顔を覗いてきた。―—その、無防備さが怖い。こんな俺のことをなんでそんなに信じてくれているのだろう。だって、今、俺が中野の心を読んでるって疑ってもおかしくないのに。
 胸が熱くなったその瞬間、俺の足は廊下へと動いていた。中野は突然の出来事に混乱している様子だった。――気持ちが追いつかない。俺はひたすら人けのない教室を探して回った。中野をこれ以上巻き込んではいけない。傷つけたくない。自分の感情が交錯する感覚に、溺れそうになった。