「おばあちゃんっ」
「サエっ、それに日向君まで……」
 店の重たいガラスドアを押し開けて中に入ると、そこはガラスの破片が無数に散らばっていた。……割られたグラスは全部で五つくらい。まるで雪のようにそれはキラキラと光り輝いていた。
「も、もう、本当に誰かしらね、犯人……。酔っ払いかしら」
「おばあちゃん……」
「踏まないよう気をつけてね、二人とも。さっき警察に電話したからもうそろそろ来ると思うんだけど」
 おばあちゃんは電話のときとは違い、落ち着いた口調で言った。……違う。無理やり平静を装ってるんだ。だって、笑顔が今にも崩れそうだ。今にも泣き出しそうだよ、おばあちゃん。おばあちゃんがガラスをほうきで掃いている後ろ姿を見たら、急に切なくなった。この店をいかに大事に思っていたかが痛いほど伝わってきた。日向君も十分それを察しているようで、じっと黙ったまま立っている。でも、しばらくしたら、何も言えずに落ち込んでいる私の頭をもう一度撫でて、言った。
「約束、守るんじゃないの」
「犯人にキレるのはそれからだよ」
 そう優しく呟いてくれたんだ。おじいちゃんとの最初で最後の約束……それは、おばあちゃんを守ること。今頃何が大切か気づいたよ。止まったままじゃいけない。悲しんだのは私だけじゃない。
「おばあちゃん……。謝りたいことが、あるんだ。今更かも知れないけど、今言わなかったら一生言えない気がするんだ」
 私はそっとおばあちゃんの横に寄り添い、声を震わせ言った。おばあちゃんはきょとんとした顔をしている。それでも尚、ゆっくり自分を落ち着かせるように気持ちを言葉にした。
「去年、お墓参り抜け出してごめんね……っ。おばあちゃん、ずっと私のこと待っててくれたのにっ……」
 一番悲しいのは、つらいのは、おばあちゃんだったはずなのに、私はおじいちゃんの死を受け入れることを拒んだ。目をそむけて、逃げた。それなのにおばあちゃんはこのお店を一人で切り盛りして、笑って、私をなぐさめてくれた。それは、それはどれほどすごいことなのだろうか。
「……サエ、顔上げて」
「私、本当はこのお店、嫌いだったんだ。こんなお店、なくなっちゃえばいいって。おじいちゃんがいない店なんか、私の知ってる店じゃないって思ってて……っ」
「うん……うん。大丈夫だよ。サエ」
 どこまでも強くて優しいおばあちゃん。そのあたたかい手が、声が、私の心奥底まで癒してくれる。ごめんね。おばあちゃん。ごめんなさい。私も頑張って進むよ。守るよ。おばあちゃんのことも、このお店も。だからおばあちゃんも一人で悩んだり悲しんだりしないでね。
「サエ、ありがとうっ……」
「私、お墓参りちゃんと行くからね。お線香とか、水とか、あげてっ……」
 そのときは、しっかり伝えるよ。あの約束をちゃんと果たすと。そしたら おじいちゃんはどんな顔をするかな。微笑んで、くれるかな。だったら嬉しい。死ぬほど嬉しい。
「お店も、お手伝い、いっぱいするからね……っ」
 私はやっと、このお店を好きになれそうです――。
 それから少し経って警察の人が来た。その後、何時間か現場検証を行ったけれど、犯人に繋がる目ぼしいものがなく、私たちは、とりあえず防犯カメラをつけて置くようにと言われた。
 まだ警察が何か捜査を続けるなかで、おばあちゃんはお母さんに電話をし、お店のグラスが全て割られていたこと、警察を呼んだけど今の段階では犯人が分からないことなどを伝えると、数分後には家族全員がこのお店にそろった。みんなものすごい慌てぶりで、店の中は一気に騒然となった。お母さんとお父さんは警察の人の話を真剣に聞きながら、おばあちゃんを落ち着かそうとしている。それをはらはらしながら見ていたら、日向君がぼそりと隣で呟いた。
「俺、そろそろ出るね。宮本さんがきっと怒ってる……」