ご無沙汰の出納帳を整理しながらぼんやりとしている午後。明日は土曜日でお休みだけど、このぶんじゃ猿沢池に見に行ってしまいそうだな……。
そんなことを考えていると、
「なーん」
ナムが珍しく足元にすり寄ってきた。最近じゃ頭をなでるくらいは許しが出ていたけれど、甘えてくるのは初めてのことだった。
「どうしたの?」
「なんー」
茶色の目は天気のせいか黒目の部分が大きくなっていてかわいい。
「ナムは『南無阿弥陀仏』から名前がついたのかな?」
「ぶ」
問いかけに答えたのは厨房にいる雄也だった。
「和豆か?」
和豆に聞いたのか、って言えばいいのに、愛想のなさは発する文字数にも比例しているみたい。
「うん」
「そういう意味じゃない」
それは知っている。だけど本当の意味は聞かずじまいだったっけ。
「じゃあどういう意味?」
じっと鍋の前から動かない雄也を見た。圧力鍋を毛嫌いしている雄也は、こうして何時間でも鍋の見張り番をしている。
細かい温度調整が大事とかなんとか……。明日は休みなので、自分の朝ごはんの下ごしらえをしているらしい。
「最初は『ねうねう』って名前をつけたんだ」
しばらくしてから雄也はボソッと口にした。
「へぇ」
「『源氏物語』だ」
「は?」
はぁ、とわざとらしくため息をついて、雄也はいつものようにあきれた顔をした。
「源氏物語、読んだことないのか? 平安時代の大ベストセラーだぞ」
「教科書でしか見たことない」
「読んでおけ。女性なら特に共感できる部分が多いはずだ」
うなずいてから雄也はなつかしそうに目を細めた。
「源氏物語では猫の鳴き声を『ねうねう』と記してある。書きかたはそうでも、読むときは『ねんねん』と呼ぶ。こいつは『なんなん』と鳴くもんだから古典表記で『ナム』に改名したんだ」
「そっかぁ。『ナム』ってたしかにそう鳴くもんねぇ」
納得した私にナムは、
「なーん」
と一回鳴くと、いつものイスの上に乗って雄也を見やった。
本当に、人間の言葉がわかっているみたいで不思議。
視線を出納帳に戻してから、思った。
きっと源氏物語を読んだ穂香さんがそこからナム、と名付けたのだろう、と。
雄也に言ってもどうせ怒らせるだけだろうし黙っておこう。私だって、それくらいの予想はつくくらい成長したんだから。
そんなことを考えていると、
「なーん」
ナムが珍しく足元にすり寄ってきた。最近じゃ頭をなでるくらいは許しが出ていたけれど、甘えてくるのは初めてのことだった。
「どうしたの?」
「なんー」
茶色の目は天気のせいか黒目の部分が大きくなっていてかわいい。
「ナムは『南無阿弥陀仏』から名前がついたのかな?」
「ぶ」
問いかけに答えたのは厨房にいる雄也だった。
「和豆か?」
和豆に聞いたのか、って言えばいいのに、愛想のなさは発する文字数にも比例しているみたい。
「うん」
「そういう意味じゃない」
それは知っている。だけど本当の意味は聞かずじまいだったっけ。
「じゃあどういう意味?」
じっと鍋の前から動かない雄也を見た。圧力鍋を毛嫌いしている雄也は、こうして何時間でも鍋の見張り番をしている。
細かい温度調整が大事とかなんとか……。明日は休みなので、自分の朝ごはんの下ごしらえをしているらしい。
「最初は『ねうねう』って名前をつけたんだ」
しばらくしてから雄也はボソッと口にした。
「へぇ」
「『源氏物語』だ」
「は?」
はぁ、とわざとらしくため息をついて、雄也はいつものようにあきれた顔をした。
「源氏物語、読んだことないのか? 平安時代の大ベストセラーだぞ」
「教科書でしか見たことない」
「読んでおけ。女性なら特に共感できる部分が多いはずだ」
うなずいてから雄也はなつかしそうに目を細めた。
「源氏物語では猫の鳴き声を『ねうねう』と記してある。書きかたはそうでも、読むときは『ねんねん』と呼ぶ。こいつは『なんなん』と鳴くもんだから古典表記で『ナム』に改名したんだ」
「そっかぁ。『ナム』ってたしかにそう鳴くもんねぇ」
納得した私にナムは、
「なーん」
と一回鳴くと、いつものイスの上に乗って雄也を見やった。
本当に、人間の言葉がわかっているみたいで不思議。
視線を出納帳に戻してから、思った。
きっと源氏物語を読んだ穂香さんがそこからナム、と名付けたのだろう、と。
雄也に言ってもどうせ怒らせるだけだろうし黙っておこう。私だって、それくらいの予想はつくくらい成長したんだから。