私はすぐに来栖先輩のことを思い出して、彼の胸を押し返したけれど、ビクともしなかった。

その力強さに、胸板の広さに、星岡君が男の子なんだってことを、ひしひしと実感してしまった。


「……俺、翠とは付き合ってないよ。だから、望月が罪悪感を抱く必要なんてない」

「え……?」

「むしろ、罪悪感を抱く必要があるのは、俺の方だ……」


その言葉とは裏腹に、私を抱きしめる力はどんどん強くなっていく。

星岡君は、来栖先輩と付き合っていない……?

想いを伝えあったはずなのに、どうして……?

突然の告白に、頭の中がパニック状態に陥っていく。


「行くなよって、言いたい、本当は……」


耳元で、星岡君が苦しそうに呟いた。

星岡君の体温が、呼吸が、声が、直に染み込んで、判断を鈍らせていく。

私は、この背中に腕を回してもいいんだろうか。

どうして星岡君は、来栖先輩と付き合わなかったのだろうか。

色んな疑問が渦巻いて、全く処理しきれない。


でも、だめだ、だって私、あの日の星岡君の涙を忘れることはできない。


「ありがとう……星岡君」


星岡君が来栖先輩と付き合っていてもいなくても、

私が今年中に引っ越す事実や、あの日星岡君が雛さんと最後に会えたかもしれないチャンスを奪ったことは変わらない。

どっちみち、気持ちを伝えられないことには、変わりなくて。


もう嫌だ、もうこんな苦しいの、嫌だ。

やめられるものなら、もうやめたい。

星岡君のこと、好きでいるの、もうやめたい。


「ごめんね、星岡君……」


好きって言葉の代わりに、ありがとうとごめんねを伝えた。

彼のシャツに顔を埋めたまま呟いたので、上手く聞き取ってもらえたかは分からない。

……どこか遠くで、鈴虫が鳴く音が聴こえた。