「財布忘れて取りに来たら、部室から美術室のあかりがついてるの見えて、下駄箱に靴もあったからまさかと思って……」

「はは、ごめん、つい絵に集中しちゃって」

「……泣いてるときに、笑わなくていいよ」

「え……」

「って、望月も俺に言ってたでしょ。何があったの?」


どうして星岡君は、こんなに優しくしてくれるんだろう。

優しくされればされるほど、自分を押さえつけなくちゃいけないから、苦しいよ。


こんな風に弱いところを出して縋るなんて、したくない。

泣きたくなんかないのに、涙が止まらない。それが悔しくて情けなくて仕方ない。


「転校することになったの……」

「え、転校……?」

「まぁ、転勤族だし、覚悟はしてたんだけど」


星岡君は今、どんな顔をしているんだろう。

怖くて顔を上げられない。

私がいなくなると知って、友達として少しは悲しいと思ってくれているだろうか。

……静寂が続いたので、恐る恐る顔を上げてみる。

でもすぐに、顔を上げたことを私は後悔した。


そこには、ショックを隠し切れない様子で、茫然としている星岡君がいたから。


「本当に……? いつ引っ越すの」

「こ、今年の三月には……」

「そっか、うん……」


再び教室に沈黙が訪れて、私たちは言葉を失った。

なんて言えばいいだろう。そんなに寂しがってもらえて嬉しいとか、離れても受験頑張ろうねとか、そんなありきたりな言葉しか浮かんでこないよ。

お願いだから、そんなに悲しい顔しないでほしい。


「俺さ、この一か月、望月と話せなくなって、本当に寂しかった」

ぽつりぽつりと、星岡君が小さな声で言葉を落としていく。


「一か月だけでも寂しかったのに、それ以上会えなくなったら、俺……」

「そ、そんなこと、言わないで……」


やめて。これ以上?き乱さないで。

星岡君には、来栖先輩と幸せになってほしいよ。

その為にずっと自分の気持ちを殺して、星岡君のそばにいたのに、そんな期待させるようなこと言わないで。


「私、星岡君にそんなこと言ってもらえる資格なんてな……」


そこまで言いかけると、星岡君が私の腕をぐいっと引っ張った。

星岡君の白シャツが目の前に迫って、気づくと彼の香りに包まれていた。

「や、やめて」