「依、父さんも本当に申し訳ないと思ってる。でも、依もそろそろ受験生なんだから、このタイミングで都内に戻れることは都合がいいこともきっと沢山ある」

「都合がいいって……」

「本当は美大にいきたいなら行っていいし、都内だったら美術の予備校も沢山ある。都内の大学を受ければ、一人暮らしもしなくていいし、母さんだってその方が安心できる」


お父さんの言ってることが真っ当すぎて、だかたこそ反発したい気持ちがどんどん膨らんでいく。

私は確かに都内の大学を受けるつもりでいたし、本音を言うと美大に進みたいと思っていた。

でも美大を卒業してその後苦労した母はきっとよく思っていないし、私には幅のきく大学に通ってほしいと考えていることも知っていた。

私は、お父さんとお母さんが思っているよりも何十倍も二人の顔色をうかがっているし、何十倍も我慢して生きてきた。


……時間をかけて体の中に溜め込んできた火薬に、今にも火が付きそう。


「私は、お父さんみたいに家族巻き込む仕事には就かない……絶対に」

これだけは言ってはいけないと思っていた言葉が、腹の中から出てきてしまった。

二人はとても悲しそうな顔をして言葉を失い、私も怒っているのになんだか涙が出そうになって、胸の中がぐちゃぐちゃだ。


「……ごめん、ちょっとひとりで考えさせて」

「依、お母さんは」

立ち上がって部屋に戻ろうとしたその時、ずっと俯いて悲しそうにしていたお母さんが口を開いた。

「お母さんは、依が本当に今の高校を卒業したいなら、お父さんと一緒に方法を考えるから」

「え……」

「でもね依、高校を卒業するまでのあと一年が、どれだけこの先長い人生に影響を当たるのか、よく考えて。仲良しな皆と一緒にいたいって理由だけじゃ依に一人暮らしなんてさせられない。高校を卒業したら、遅かれ早かれ皆バラバラになるんだってこと、知っておいてね」

卒業したら、皆バラバラ……。

その言葉がグサッと胸に刺さって、私はその場に立ち尽くしてしまった。

お母さんがこんなに真剣に自分の考えを口にしたことなんて、今までなかったから、余計に刺さった。

私は、静かに頷いてから、二階の自分の部屋に籠った。

先のこともちゃんと考えているつもりだったけど、まだまだ視野が狭かった。自分のことだけしか考えていなかった。