俺はその言葉を聞いた瞬間、彼女の震えた手を強く握りしめた。翠もすぐに、痛いほどの力で握り返してくれた。

俺たちは、弱くて脆い。雛のためを思って、自分自身を雁字搦めにしていた。

進むことは罪にように感じた。幸せになることは裏切りのように感じた。

生きている者の、都合いい解釈かもしれないけれど、でもきっと、雛はそんなことを望んじゃないと、今ならそう思える。


「このままずっと言わなかったら、翔太への想いが雛への裏切りとなって、いつか呪いとなって、自分の首を絞め続けるんだろうって、本当はとっくに分かってた……っ」

涙が止めどなく溢れて、翠の頬を伝っては、膝に落ちていく。

翠の心の中に閉じこもっていた、行き場のない悲しみのすべてが解放されたかのように、彼女は号泣している。


「でもね、きっと私たちが望んでいる関係は、恋人とかもう、そんなんじゃない気がするの……」

「……うん、ただ、一度ちゃんと自分の気持ちと向き合う必要があったんだと思う」

「うん、そう思う。きっと付き合っても、お互い苦しいだけだと思うから……前に進むために、自分の気持ちに終止符を打ちたい。翔太のことも、解放したい……」


翠の細い指が、俺の頬にそっと触れる。

夏なのに、その手は氷のように冷たくて、俺は思わず彼女のことを抱きしめてしまった。


……俺たちは、前に進まなきゃならない。

過ぎていく時間を、無駄にしちゃいけない。

弱いからって、怖いからって、目をつむっちゃいけない。

逃げても目を閉じても自分を責めても嫌っても、それでも時間は流れていくから。


「ありがとう、翠……、絶対幸せになって」

情けないくらい、声が震えている。

そんな俺の背中に手を回して、俺の胸の中で彼女は首を縦に振った。

意地でも幸せなると、力強く頷く彼女に、思わず涙腺が緩んでしまい俺も静かに涙を流した。


僕らは、ようやく自分の想いに終止符を打って、前を向けた。

決して後ろ向きな失恋なんかじゃない。結ばれることだけが恋じゃないってことを、僕たちは気づいていた。

それは、お互い“好きだった”と過去形で想いを伝えた時から、分かっていた。


好きだった。

ありがとう、翠。本当にありがとう。

きっと一生忘れない、大切な恋だった。


いつか翠に大切な人ができたら、一番に教えてほしい。