俺はそんな翠を見て、もしかしたらまだこのことを話すのは早いのかもしれないと思ってしまった。

けれど、先に口火を切ったのは、翠だった。


「話したいことって何? 翔太」


翠の瞳が、頼りなげにゆらゆらと揺れている。

俺はこの話を本当にしてしまっていいのか。彼女の心をまた壊すことにならないだろうか。

そう不安に思ったけれど、俺は重たい口をゆっくりと開いた。


「……ずっと、言うタイミングを逃してた。だけど、この話をしないと、俺も翠も前に進めないと思うから、聞いてほしい」

「うん、聞くよ」

「ずっと雛の気持ちを知ってたのに逃げてきて、とうとう二度と雛の想いを聞けなくなって、俺……あれからずっと罪悪感で息がつまりそうだった」


膝の上に乗せた拳に、とんでもない力が入る。

自分の罪意識を言葉にするのはとても勇気が必要で、翠の反応が怖くて横を向けない。

それでも、逃げたらだめだ。“今”とちゃんと向き合うって、決めたんだ。


「俺が、雛の気持ちから目を背けていた理由は、翠が好きだからで……」

「……うん」

「でもこうなった今、翠に思いを伝えることなんてできない。そんな資格ないと思って、この一年、ずっと気持ちを殺してきた……」


大丈夫、ゆっくりでも、支離滅裂でも、最後まで言うんだ。

もう逃げたくない。自分のためにも、雛のためにも。


「……でも、多分雛はそんなこと望んでない。自分の気持ちを伝えることの大切さを、雛は生きてる間に沢山教えてくれた……。それを無下にしないことが、こんな俺に唯一できることだって、そう思えたんだ」

俺は、俯いていた顔を上げて、翠の瞳を真っ直ぐに見つめた。

翠も同じように、逃げずに真っ直ぐ俺の瞳を見つめてくれている。

この一年止まっていた時間が、今、きっと動き出そうとしている。


「ずっと言えなかったけど、好きだったよ、翠」

「……うん」

「これから、ゆっくりでいいから、前みたいに、普通に話そう」

「うん、うん……」


翠は、顔を手の甲で隠して、はらはらと涙を流している。

それから、擦り切れるような、弱弱しい声で、彼女もずっと内に抱えていたような気持ちを言葉にした。


「私も、好きだったよ……翔太のことが」