星岡君に抱きしめられたとき、もうこれで吹っ切れようと思った。

もうこれで、本当に終わりにできると思った。

星岡君はきっと、来栖先輩に想いを伝えて、二人はようやく一緒になれるだろう。


星岡君、はやく、私じゃなくて来栖先輩を抱きしめてあげて。


彼の背中に手を回せずに、私はぐっと涙をこらえてそんなことを願っていた。


ばいばい、私の初恋。

よく頑張った、私。




「夏休みあっという間だったなー」

三木ちゃんが、購買で買ったクリームパンを食べながら、不満げに呟いた。

夏はあっという間に通り過ぎ、九月に入ったと同時に新学期が始まった。

後期になると、一気に受験ムードな空気に包まれており、私は少し息苦しさを感じていた。


三木ちゃんは夏休みの間だけ染めていた髪の毛を黒に染め直し、予備校に通いじめた。

美術部も一気に受験ムードとなり、昨日から本格的なデッサンの試験が始まった。

私の将来の夢とやらは、いつになったら舞い降りてきてくれるのだろうか。

そんな風にぼうっとしていると、視界の端に星岡君が映りこんだので、私は自分の席から話しかけた。


「あ、そうだ、星岡君。この前貸した漫画、いつ返してくれるの?」

「悪い、来週持ってくるわ!」

「それ先週も言ってたよねぇ」

「絶対! 明日絶対持ってくるから!」


目の前で両手を合わせて必死に謝る姿を見て、私は呆れたように笑った。

……あれから、不思議と星岡君とは前以上に自然と話せている。

気まずくなってしまったらどうしようと思っていたけれど、星岡君は新学期一番に私に挨拶してくれた。

だから、私も気まずい気持ちを感じることなく、いつも通りの学校生活を始めることができた。


……来栖先輩とどうなったかは、聞いていない。

でも、星岡君は美術室に遊びに来なくなったし、来栖先輩も最近とても穏やかな表情をしている。

二人の間に流れる空気が変わって、何かをハッキリ聞くのは野暮な気がしたのだ。

これでよかったのだ。忘れよう。少しでも二人のきっかけになれたのなら、よかった。

私もようやく、あの日の罪悪感を薄めることができた。


「星岡、最近なんか前より輝いてるよねー。なんかいいことあったのかな」

三木ちゃんが、少し眉を顰めてそう呟いたので、そうかもね、と返した。