あたりの空気は静まり返り、雛も表情を固まらせている。

その場にいることに耐え切れなくなり、俺はロッカー室の中に逃げ込んだ。


雛の傷ついた顔が、その日一日頭から離れなかった。


そのことを境に、雛は学校では俺に一切話しかけなくなった。

それでも、たまになんでもない内容のメールがきたりした。


……雛が俺のことを好きなんだってことは、薄々感づいてはいたけれど、俺はそのメールに返信したりしなかったりで。


まさか二年後に、雛と二度と会えなくなるなんて思いもしなかったんだ。








……朝起きると、雨が降っていた。

夏休み初日だけれど、今日は顧問もキャプテンも用事があり部活動が休みとなった。

俺はベッドの中でスマホを開いて、ぼうっとSNSの投稿一覧を見ていた。

皆、雨にもかかわらず夏休み初日から遊び倒すことに全力だ。

なんだかその様子を見ていたら、何もしていないのに疲れてしまった。


「翔太、寝てるなら掃除手伝って!」

一回のリビングから母の怒鳴り声が聞こえる。

俺は耳にふたをするように布団の中にくるまって、大して興味もないSNSの投稿を眺めていた。


すると、フォローのおすすめの一覧に、聞きなれた名前の女子のアカウントが浮上していた。

同じくその女子をフォローしているのは、翠だけ。

そして、その女子のアカウント名は、「hina.k」だった。

「え……、まさか」

どくんと大きく心臓が跳ね、俺は布団から出てスマホ画面に食いついた。

もしかして、これ、雛のアカウント……?


見たいけど、見るのが怖い。


額に冷や汗がにじんで、スマホを持つ手にぐっと力が入った。

雛なんてよくある名前だし、もしかしたら別人かもしれない。だけど、翠がフォローしているし、イニシャルはHKだ。

俺はまるで人の秘密の中を無断で覗くように、雛のアカウントをタップした。


タップしてすぐに分かった。サムネイルに、『ピアノ、バドミントン、食べること』と記してある。

……これは間違いなく、雛のアカウントだ。

アイコンもよく見れば、雛のピアノの上に置いてある熊のぬいぐるみだった。

そして、何より最後の投稿には、このアカウントが雛であることを裏付ける重要な一文が書かれていた。


『今日はいよいよ伝える日! フラれる準備はOK!笑』