夏休み初日は雨だった。

とくにどこかに出かける予定もなかったが、晴れていたら教室でひとりで絵を描こうと思っていた。

部活動は週に三回予定が組まれているが、基本的には行くも行かないも自由参加だ。

この夏から予備校に通い始める人はぐっと増え、皆少しずつ進路を意識し始めた。


私は、美大は受けずに都内の大学を受けることだけは決めている。ただ、やりたいことは決まっていない。

この年でやりたいことがはっきりしている高校生の方が少数派だと思うけど、私もそれなりに焦っていた。


「依、ちょっとおつかい頼んでもいい? 今手が離せなくて」

「えー、雨降ってるしなあ」

「おつりで好きなもの買ってきていいから、はい」


母に五千円札を渡され、トイレの電球を買ってくるよう頼まれたが、近くの電気屋は、ここから徒歩で十五分ほどの最寄り駅近くにある。

少しめんどくさいなって思ったけれど、このおつりで好きな漫画を変えるなら仕方ないか。

私は重い腰を上げて、TシャツにGパン姿で家を出た。


「蒸しあっつ……」

母は在宅ワークとして、雑貨のネットショップを運営している。

だから、家の中には段ボールや梱包材が散乱しているし、ラベルを印刷する音が日常的に聞こえる。

母は、父と結婚して、長く勤めていたデザイン会社を辞めて地方を転々とする人生を選択した。

美大を卒業して、ようやく見つけた就職先だったに違いない。それでも母は、父についていった。


愛する人と一緒になるためには、きっと皆大切なものを何かひとつは捨てなきゃいけないんだろう。


父と母の姿を見ながら、私はぼんやりとそんなことを学んだ。

……ぱらぱらと落ちてくる雨粒を透明のビニール傘で跳ね返しながら、真夏の蒸し暑い空気の中を歩いていく。

雨だというのに、いつも混んでいる鰻屋は今日も並んでいるし、いつもガラガラの喫茶店は今日も空いている。

なんだか代わり映えしない景色に急に飽きてしまったので、私は少し遠回りをすることにした。


ぽつぽつとチェーン店が並ぶ通りを抜け、人通りの少ない、静かな道を歩く。

公園を抜け、暫く歩くと、畑が少しずつ増えてきた。

田舎と都会が混在した地域だとは思っていたけれど、こうも一本違う道を通るだけで景色が変わるとは。