洋間に入ってきたのは、桜鼠色の着物の女性だった。
全体的に色素が薄く、日の光に照らされた髪が飴色に光っている。顔は細面の一重で、日本人らしいというよりオリエンタルな雰囲気をかもしだしている。アルカイックスマイルが似合いそうだ。

ただ、その左目から額にかけて、火傷痕のようなひきつれた痣があった。結わえた髪の一部が、ほんのすこしそこへ影を落としている。

「はじめまして、百乃(ももの)と申します」
女性はたおやかにお辞儀をし、雲母のほうへ「お口にあいますかどうか」と風呂敷包みを差し出した。

「豆大福ではないか!」
それを横からさっと薊が奪い、歓喜の声をあげた。
俺には風呂敷に包まれていて中身が確認できないのだが、彼女は透視能力でもあるのだろうか。今にも食いださんといった雰囲気の薊を、雲母が「はしたない」とたしなめた。

「わざわざありがとうございます。せっかくだから皆でいただきましょう」
雲母が薊の手から奪い返した包みを解くと、確かに豆大福だった。俺も好きな、出町柳の和菓子屋のやつである。

雲母は興奮醒めやらぬ薊に器を用意してくださいと指示を出し、部屋から追い出した。

「紫苑、あなたもこちらに」
そして三日月紫苑を呼ぶ。彼は渋々と立ち上がり、俺の隣に距離を置いて座った。さすがに客人の前ではちゃんとするのだろうか。

薊がお盆に器を重ねて持って帰ってくる。
「茶も淹れなおしたぞ、偉いだろう!」と誉めてくれと言わんばかりの態度に誰も反応していなかったので、しかたなく俺が「気が利くな、ありがとう」と伝えておいた。ふふん、とまんざらでもなさそうで何よりだ。

雲母は手際よく豆大福をわけ、各々の席の前に並べた。

コの字型に配置されたソファの上座に百乃さん、残りが向き合っている形になる。

「雲母さま、このたびは機会を設けていただき、ありがとうございます」
雲母さま、という表現に思わず眉が寄ったものの、すかさずご本人からの鋭い視線をいただいて、顔の筋肉を意識的に弛緩させた。

「百乃は、私の遠い親族です」
「はい、雲母さまには幼いころからお世話になりまして、なにをやっても未熟な私にいつも優しくしてくださいました」
雲母のことばを受けて、百乃さんの表情がぱっと華やぎうれしそうに語ってくれたが、後半の部分が信じられなかったことは、黙っておくことにする。

「未熟なのではありません。ゆっくりなだけです」
そんなフォローを入れる姿に鳥肌がたってしまった。身内には甘いのだろうか。たしかに三日月紫苑に関しても、随分と持ち上げていた気がする。

「で、依頼は」
ふふふ、と恥ずかしそうに笑う百乃さんに、三日月紫苑が随分と無愛想に言う。無駄話はいいからさっさと話をしてくれと全身で物語っている。
場の空気が読めない、というよりもわかったうえで急かしている感がある。

薊は、豆大福に必死だった。雲母は、両手で湯飲みを包んでお茶を啜っている。これがデフォルトなのかもしれない。

「そうですね。そのために参りました」
百乃さんは気を悪くした様子などとんと見せず、優しく微笑んで三日月紫苑へと向き直る。

「私の、顔の痣を消していただきたいのです」
どうか、と彼女は頭を下げる。

依頼と言うよりも願いのようだった。
とてもシンプルでわかりやすい。顔の四分の一、とまではいかないものの、結構な大きさの痣は、女性にとってはつらいものだろうと容易に想像できる。

ただ問題は、どう解決するか、だ。話を聞いた限り、絵を描くと言っていたが、それがいったいどういうことなのか。