しかしタイミング悪く、電話がかかってきた。
それにまたうっかり出てしまった。
名前を確認するのとほぼ同時。出たくなかった。


『もしもし、晴? あなた、そっちに着いてから一度も連絡寄越さないで』
こちらが声を発する前に、矢継ぎ早に言いたいことを言う。
母の得意技だ。

『ちゃんとやってるの? 迷惑かけてない? 自分のことと手伝いぐらいしなさいよ』
子どもの意見を聞かずに勝手に喋る親って、世の中にどれぐらいいるのだろうかと思う。うちが特殊なんだろうか。


『晴、聞いてるの?』
聞いてるもなにも、一方的に喋っているのはそっちだ。
「聞こえてる、充分」
 
切ってしまいたかったけど、そうしたら叔母のほうに電話がかかるだろう。
私のダメなところは、そういう思い切りがもてないところだ。
知るもんか、って放置できる勇気がない。


『よかった。身体は大丈夫?』
最初の勢いを多少押し殺して、今度はトーンを落とした声が聞こえてきた。

色が見えなくてよかったと心から思う。
声音とは全く反対の色をしているから、きっと。


「別に」
『そう、ならいいのよ。晴も学校が大変でしょう、たまには違う環境でゆっくりするといいわ』
 
上辺だけの優しさに、鳥肌がたった。
その大変らしい学校に、かれこれ一ヶ月行ってないわけなんだけど。
 

黙っていると、今度は父親の声が聞こえてきた。
元気ならいい、と電話を代わるのを拒否しているようだ。

しかし母親に押され、しぶしぶといった感じのため息が聞こえる。


『来月からはきちんと学校に行けるようにしなさい』
いつも通りの、低くて熱のない声だった。

「は? なに、今さら」
素直なことばが口に出てしまった。
顔をつきあわせていたら絶対によけいなことは言わないのに、色が見えない電話だからか、油断したのかもしれない。


『なんだ、その口の利き方は』
案の定、父親の怒りに触れたらしい。
といってもこれだって通常運転と言えば通常運転。
いつもは反論しなくたって、黙っていることを理由に勝手に怒り出す。


『こっちはお前の将来のことを心配して言ってるんだ』
言ったって言わなくなって同じなんだな、と思ったら、気持ちがすっとした。

「私の将来じゃなくて、自分の出世じゃないの」
『ふざけたことを言うな』
 
そういえば、友哉の父親ってうちの父親と会社が一緒だった気がする。
娘のことに無関心だった両親が、彼氏の存在を知って喜んでいたっけ。

私のことで喜んだのって、あれが初めてじゃないかな、どうせ。