「あっ、聞こえちゃったー?」


と沙耶香が笑いを含んだ声で言うと、青磁が「聞こえるわ、バーカ」と返した。


私も何か言わなきゃ。

じゃないと、不自然だ。


焦りが気持ちを急かし、反射的に口を開く。


「……青磁が隣だと、うるさくなりそうだね、って言ってたの」


なんとか声を出したけれど、不自然な言い方に聞こえないか不安だった。


沙耶香を見ていた青磁の視線がすっと流れて、切れ長の目が私を見る。


まっすぐに目が合った。


何の感情も感じられない、静かな瞳。

硝子玉みたいに透明な瞳。


それなのに、不思議と責められているような気がしてしまう。


居心地の悪さに、笑みを形づくっていた口許が歪むのを自覚する。

マスクをしていてよかったと心底思った。


思わず視線を逸らすと、


「うるせえ」


と不機嫌さを隠さない冷たい声が聞こえてきた。


「俺だって茜の横なんか嫌だっつうの。視界に入ってくると不愉快だ」


しん、と空気が凍った。


青磁の言葉は遠慮のかけらもないボリュームで、新しい席にはしゃいでいる教室の中でも、はっきりと聞き取れた。

たぶん半径二メートル以内にいる人には絶対に聞こえているはずだ。


どくっ、と心臓が嫌な音を立てる。

急激に上がる体感温度、激しく脈打つ音、額にじわりと汗が滲む感覚。


私はそれらを決して表情にも仕草にも出さないように、全力で気を張り詰めた。