美術展の会場前の柱に背をもたれて、床に目を落とすと、私が落としたマスクがひっそりと転がっていた。

拾い上げてポケットに入れる。


お世話になりました、と心の中で呟いた。


きっと、もうマスクは私には必要ない。

でも、本当に、すごくすごく必要なものだったのだ。

このマスクに守られて、私は切れそうな糸をなんとか保つとができていたから。


だけど、これからはマスクがなくても大丈夫だ。

それは――。


目を閉じる。

瞼の裏に青磁の絵を思い浮かべる。


あの絵に描かれているのは、確かに私だけれど、私ではなくて、でもやっぱり私だった。


私は本当はあんなふうに笑えるのだ。

自然で心から嬉しそうな笑顔を浮かべることができるのだ。


ありがとう、と囁きながら彼を待つ。


足音が聞こえてきた。

たくさんの人の声や足音の中で、ひとつだけ、私の耳にまっすぐ届く音。


目を開いて視線を向けると、ばつの悪そうな顔でこちらに歩いてくる青磁と目が合った。


「久しぶりだね、青磁」

「……お前なあ」


呆れ返った声だけれど、それが私だけに向けられたものだというだけで、泣きたいくらいに嬉しい。


「なんて無謀なことするんだよ。本気で落ちるかと思ったぞ。怪我したらどうする」

「いいの。それで青磁が私のところに来てくれるなら」

「……馬鹿じゃねえの?」