そう思いついたときに、私の足は勝手に歩みを早めていた。


遠かった背中が、みるみるうちに近づいてくる。


そうか、たったこれだけのことだったんだ。

私が勇気を出して近づけば、彼との距離は簡単に縮めることができたんだ。


触れられそうなほど近くまで来たときに、私は唇を開いた。

マスクの隙間から白い息がふわりと立ち昇る。


「……せいじ」


声をあげた。

かすれて震えた、小さな声だったけれど、誰もいない廊下では充分だった。


彼の足が止まったので、それが分かった。


「青磁」


それでもまだ振り向いてくれない背中に、もう一度呼びかける。


「ねえ、こっち向いて」


懇願するように言うと、小さな舌打ちが聞こえてきた。

それから、銀色の髪がゆっくりと動いて、横顔が見えた。


「……ごめんね」


もっとたくさん言いたいことが、言うべきことがあるのに、私の唇から洩れた言葉は、たった一言だけだった。


「ごめんね……傷つけてごめん。謝るから、許して」


俯かないように自分を励まして、そう言った。

すると青磁がこちらを振り向き、少し驚いたような顔をした。


「……なんで謝るんだよ」


久しぶりに聞いた、私に向けられた青磁の声だった。

震えがくるほど嬉しくて、泣きそうになる。


でも、少しして冷静になって、彼の言葉に首を傾げた。


「なんでって……あのとき私が言ったことに怒ってるんでしょ? だから……」