学校じゃなくて、家のことを考えていたんだけど。

いや、学校でも何かはあったけど。

不意に青磁の顔が頭をよぎって、胃がむかむかするような感覚になる。


「……ううん、なにもないよ」


私は微笑みをつくってそう答えた。

お父さんは「そうか」と小さく頷いて、首にかけたタオルで髪を拭く。


「それならいいけど。もし何か困ったことがあったら、遠慮しないで相談してくれたらいいからね」

「うん、ありがとう」


とは言ったものの、そんなことができる日がくるとは思えなかった。


「玲奈ー、かわいい寝顔だなー」


玲奈のベッドを覗いたお父さんがへらりと顔を崩して笑った。


そりゃそうだよね、と心の中で思う。

いくら一緒に住んでいる家族でも、血が繋がっているのといないのとでは、大きな隔たりがある。


お父さんは、玲奈のことは厳しく叱ったり、思いきり甘やかしたりするけれど、私やお兄ちゃんに対してはそうはいかない。


私だってそうだ。

お父さんはすごく優しいし、いい人だなと思うけれど、だからと言って学校であった嫌なことや、家族への不安を正直に打ち明けたりは決してできない。


玲奈の寝顔を飽きることなく眺めているお父さんの背中に「おやすみなさい」と声をかけて、私は階段をのぼった。