「茜!」


待っていたように顔をあげて近づいてきたのは、沙耶香だった。


「ごめんね、昨日……大丈夫だった?」


申し訳なさそうな顔で謝られて、泣きそうになる。

沙耶香が謝ることはないのに。


自分が悪いと分かっているのに、私は謝る勇気さえ持てずにいた。

それなのに、沙耶香のほうがこんなにすぐ謝ってくれるなんて。


「……うん、大丈夫。私こそ、ごめん。本当に、ごめん」


うまく笑顔を作れないままそう呟くと、沙耶香は微笑んで私の肩をぽん、と叩いてくれた。


マスクのことも全て分かってくれて、なんとかなるよ、と励ましてくれているような気がした。


温かくて、優しい。

彼女のことを疎ましく思っていた自分は、やっぱり最低だと思った。



次は、青磁だ。

うまく謝れるだろうか。

ちゃんと謝らないと。


そんなことを考えながら席について待っているうちに、いつの間にか朝礼が始まる時間になっていた。


「あれ、青磁は? 遅刻?」


隣の席の男子に訊ねられて、私は小さく首を振る。

私たちが付き合っていると思っているので、私なら青磁のことをなんでも知っていると思っているのだ。


でも、私はなにも知らない。

学校にいる青磁のことと絵を描いている青磁のこと以外、実はなにも知らない。

彼は自分の話を全然しないから、家族のことも、家ではどう過ごしているのかも、なにも知らないのだ。