「それだけ、だけど……」


他になにの話をしろと言うんだろう。

彼がどんな答えを待っているのか見当もつかなくて、私も歯切れの悪い返事をするしかなかった。


青磁は「あっそ」と言って髪を軽くかきまわし、それからぷいっとそっぽを向いた。


「まあ、いいや。そろそろ行くか」


私の返事も待たずに、青磁がひょいっと立ち上がる。


「えっ、もう? ちょっと待ってよ」


私が慌てて弁当箱の片付けを始めると、青磁は当たり前のように私の荷物を持って歩き出した。

ランチバックを持って追いかける。


「鞄、ありがと」


受け取ろうと手を伸ばしたけれど、青磁は「持つ」と前を向いたまま首を横に振った。

彼が階段ではなく芝生の斜面をのぼっていくので、私もその後を追った。


でも、夜明けの芝は露に濡れていて、スニーカーの底とは相性が悪い。

足をとられてよろめき、小さく声をあげてしまったところで、振り向いた青磁に腕をつかまれた。


動悸が高まるのを感じながら「ありがと」と呟く。

「ばーか。鈍い」とくすくす笑う声が返ってきた。


青磁の手がするりと下がって、今度は手をつかまれる。

指先をぎゅっと握りしめられて、さっきの恥ずかしさが戻ってきた。


手を引かれたまま斜面を上っていく。


手を繋いでいる、という事実に、頭が真っ白になった。

でも、繋いできた本人は、気にするふうもなく、鼻歌を歌いながらゆらゆらと歩いている。