その晩、久しぶりに本を読んだ。


夏休みの前あたりから心が乱れて読めなくなっていたので、数ヵ月ぶりだ。


復習をしようかと勉強机に座ったときに、ふと読みかけだった『夜明けを待つひと』が目に入って、気がついたら手にとっていた。

掌に馴染む文庫本のサイズ感と重みが懐かしくて、ぱらぱらと開いたら、いつの間にか続きを読んでいた。


本の中の世界に没頭する感覚は久しぶりだった。

真ん中を少し過ぎたあたりで、不思議と胸を打つ台詞が出てきた。


主人公の女性は、心優しい婚約者と、忘れられない昔の恋人の間で揺れている。

悩みに悩んだ彼女はバーで酔いつぶれて、


『好きってどういうことだろう。愛ってなんだろう。分からなくなってしまった』


と呟いた。

そのとき、たまたま隣に座った不思議な妙齢の女性が歌うように言った。


『夜更けに会いたくなるひとは、ただの欲望の対象。夜明けに会いたくなるひとは、心で愛しているひとよ』


首をかしげた彼女に、女性は笑いかけて続ける。


『人肌恋しい一人の夜に思い浮かべた顔は、あなたにとって寂しさをまぎらわすだけの恋人かもしれない。でも、眠れずに夜を明かして、朝焼けに染まる美しい空を見たときに、隣で一緒にこの光景を見たいと思い浮かべた顔は、あなたが本当に大切に思っている、愛するひとなのよ』