「なにひとりで黄昏れてんだよ」


私の憂鬱な物思いをぶち破る、無神経でぶっきらぼうな声。

眉をひそめて振り向くと、画材一式を持った青磁が立っていた。


「べつに黄昏れてないし」

「あっそ」


どうでもよさそうに答えて、青磁は「行くぞ」と踵を返した。

私も立ち上がってその背中を追う。


美術室を出るときに一応、「失礼しました」と小さく言って頭を下げたけれど、聞こえなかったのかそもそも興味がないのか、誰ひとり反応しなかった。

みんなそれぞれに自分の世界に没頭している。


いいなあ、やっぱり、ここはいい。

そう内心で笑いながら、階段を二段飛ばしでぴょんぴょん登っていく青磁を追いかけた。



いつものように三階まで行き、謎の資料室に入り、そこから青磁お手製のロープを伝って屋上に行く。


たぶん先生に見つかったら怒られるだろう。

でも、風を受けて心地よさそうに目を細める呑気な青磁を見ていると、『まあいいや、怒られても死ぬわけじゃないし』と思えるから不思議だ。

誰もが認める『優等生』の私からは考えられない。


「おっ、今日の空は綺麗だな」


空を仰いだ青磁の言葉に、ふっと噴き出してしまう。


だって、青磁は毎回こう言うのだ。

屋上に出て空を見たとき、彼は必ず「今日の空は綺麗だ」と声をあげる。

まるで初めて海を見た幼い子どものようにきらきらした瞳で。