「いや、だから。わたしはわたしで、文乃は文乃で、別の人と仲いいから、だから……」


 どうしてもしどろもどろになる。普通の中学生はこんな時、もっとスムーズに親に嘘がつけるんだろうけれど、わたしは無理。お父さんもお母さんも好きだから、嘘がつきづらいんだろうか。もっと親を嫌いになれたら、嘘ぐらいすいすい出てくるんだろうか。


「そういうことね。びっくりした。希重がいじめられてるのかと思っちゃったじゃない」


 ほっとしたお母さんの口調のせいで、喉の奥が苦しくなる。さっき飲み込んだばかりのごはんと餃子とほうれん草のバター炒めとじゃが芋の味噌汁が、胃の中で逆回転を始める。


 今、違うって言えたらどんなにいいだろう。違うのお母さん、いじめられてるのはわたしじゃなくて文乃なの。辛いのはわたしじゃなくて文乃なの。でもわたしは文乃になんにもしてあげられなくて、むしろ文乃と友だちだったことを恥ずかしくすら思っていて、そういう自分がすごく嫌だ。


 そう言えたらどんなにいいかと思うけれど、そうしたらお母さんを傷つけてしまう。郁子の場合と、一緒。お母さんもお父さんも大好きだから、自分の娘がいじめられているかつての親友をほうっておくような、自分のことだけしか考えない、そんな情けない子だって知られちゃいけない。


 娘の複雑な思いなんてちっとも気付かない顔でお母さんは餃子をつまんでる。


「そうよねぇ、希重ぐらいの頃って、付き合う人がころころ変わるのよねぇ。お母さんもそうだったわぁ。クラスがえのたんびに友だち、変わってたもの」


 お母さんは何も知らない。本当に優しくていいお母さんだし大好きだけど、悲しいぐらいわたしのことを知らな過ぎる。こっちだって知られたくないことを知られないようにしてるわけだから、「お母さんはなんにもわかってくれない」なんて泣きながら文句を言う資格はないんだけれど。


 同じく、何も知らないお父さんがわたしを見て、ちょっと真面目な顔になって言う。


「希重、いろんな人と付き合うことも大事だけれど、親友を作ることも忘れちゃいけないよ。大人になってからは仕事が第一だから、友だち作りはあと回しになる。遊びや友だちを作ることを精いっぱいできるのは、希重の年ごろだけなんだからね」


 ありきたりな大人の言葉だと思ったけれど、素直に頷いた。親友、と聞いてまず郁子の顔が浮かんだ。次に文乃。ねぇ、じゃあ、親友って何? よく思われたくって言いたいこと言えなかったり、辛い時に助けてあげられなかったり。それでも親友って言っていいの?


 そう言えるほどこなれた親子関係は、わたしと大好きなお父さんお母さんの間には、ない。