そのとき、スマホの着信音が鳴った。仕事中のお母さんからだった。
「もしもし」
『真緒。今おうち?』
「うん。どうかした?」
『悪いんだけど、おじいちゃんのスーツを急ぎでクリーニングに出してほしいの。和室のタンスにかけてあるグレーのスーツ』
お母さんの声の後ろから「来週までに用意しておけと言っただろ!」とおじいちゃんの怒声が聞こえた。
お母さんが声を一段ひそめて言う。
『ごめんね。お母さん、すっかり忘れてて』
いや、数日前にお母さんはちゃんとスーツ持って行ったはずだ。
ただし、そのときはグレーじゃなくて黒だった。
おそらくおじいちゃん自身が指示を間違えたくせに、お母さんのせいにして怒っているのだ。
……理不尽な人。しかも本人はまったく理不尽だと思っていないのが恐ろしい。
「わかった。グレーだね」
わたしは電話を切ると、スーツを入れた紙袋を肩にかけて家を出た。