そこにはいつもの優しい笑顔は面影すらなく、見ず知らずの他人と話しているみたいだ。
顔も声も蒼ちゃんだけど、蒼ちゃんじゃない。
少なくとも、わたしの知っている彼じゃない。
現実と認識の辻褄が合わなくて、船酔いみたいに世界がぐるぐる回っている。
『兄弟が、いたから』
ふいに、蒼ちゃんが以前言っていた言葉を思い出した。
自分には兄弟がいたから寂しくなかったと、たしかに彼は言ったのだ。
じゃあもしかして、この人がそうなのだろうか。
……いや、そんなはずはない。
たとえ兄弟や双子でも、ここまで同じ顔の人間がいるわけがない。
それに何より、彼の左手にくっきり刻まれた傷あとが、蒼ちゃん本人であることを物語っている……。
「誰にも話すなよ」
わたしの耳元で冷たくささやいて、彼は教室を去って行った。