冷静さを欠いた頭で、わたしはひとつの行動に出た。
キーをさしたままになっている、目の前の原付に飛び乗ったのだ。
「っ‥‥おい、葉月!」
驚いてふり向いたタイショーの声が、エンジン音にかき消される。
右ハンドルをひねると、風が針になって全身を刺した。
行先なんて特になかった。
ただ、彼の大事な原付を奪うことで、わたしたちの接点がなくなるのを先延ばしにしたかった。それだけの愚かな動機。
無免許の上にノーヘルで、警察に見つからなかったのはある意味、悪運が強かったのかもしれない。
とは言っても、それほど遠くへ行けるはずもなく、隣町まで走るのがやっとだったのだけど。
着いたのは、あきれるほど広大な駐車場。その日は日曜ということもあり、ほとんどが車で埋まっていた。
駐車場のむこうにあるのは、やっぱりあきれるほど巨大なビル。その外壁には、ファッションブランドや映画館の看板が貼られている。
そう、わたしがテストで80点以上とれたら、タイショーに連れてきてもらう約束だった場所だ。
わたしは駐車場の出入り口近くに原付を停め、縁石に腰をおろした。