「‥‥‥っ‥‥」

目の前にあるのは、彼の大きな喉ぼとけ。服ごしに伝わる体温。かすかな石けんの匂い。

わたしは耳まで燃えそうなくらい赤くなった。


どうしよう、タイショー、お姉ちゃんとまちがってるんだ。

こんなシーンを何度もドラマで見たことがある。
寝ぼけた男の人が、恋人とまちがえて他の女の子を抱き寄せ、そして唇を―――


「‥‥‥っ‥タイショー! 起きてってば!」


耐えきれず、わたしは声を張り上げた。

ぱち、と静かに開くタイショーのまぶた。ぼんやりした瞳の焦点が徐々に合い、やっとわたしを認識する。

わずか10センチほどの距離で、目が合った。


「は、離して‥‥‥」


声の震えを、かくす余裕もなかった。ほとんど涙目で懇願した。

わたしの腕をつかんでいた手から、力がゆっくり抜けていく。

ようやく解放された、そう思って安堵を感じた、次の瞬間。


「葉月」


彼の口元が、わたしの名前の形に動いた。


まるで事故のように一瞬の出来事。

背中にまわった彼の手に、わたしは強引に引き寄せられて。


温かい、やわらかい、くちびるが重なった。