タイショーの乗りこんだ電車の扉が、発車ベルとともに閉まった。


背中を向けて立つ彼を見つめながら、わたしは右腕を前に伸ばし、手のひらを開いた。

遠くにいる彼の姿が、わたしの手の中に、すっぽりとおさまる。


‥‥‥欲しい。
わたしは、あれが、欲しい。


そっと手のひらを閉じると、指の間をすり抜けるように電車が走っていった。





その翌日に、“それ”は起きた。


「おまたせ。迎えに来たよ、マイハニー」


バカっぽい台詞とともにタイショーが現れたのは、昼過ぎのこと。

もちろん、マイハニーとはわたしのことではなく、昨日からうちの庭に放置された原付のことだけど。

彼は愛車に抱きつくと、持ってきたスペアキーを差し込んだ。

が、すぐには乗って帰る気配はなく、家の2階をちらちら見ている。


「‥‥‥お姉ちゃんなら、友達と出かけたよ」


見かねて教えると、タイショーは「ふーん」と興味なさげに答えた。
ほんとはガッカリしてるくせに、素直じゃないやつ。

そう‥‥‥タイショーが素直じゃないから、助け船を出してあげようと思ったんだ。


「‥‥‥わたしの部屋、来る?」

「え?」

「勉強教えてよ」