「あっちゃん、ひとりじゃ心細ければ、泊まってってもいいのよ」



奥さんの気遣いに、うまく返事ができなかった。

こんな時だっていうのに、事態とは関係のないことで、私の頭は、めまぐるしく回転している。


──この村に、私が村長の娘だと知っている人は、いったいどのくらいいるんだろう。

すなわち、私と林太郎が兄妹だと、知っている人は。



「猪上さん、僕ら湖のほう回って、いったん帰るわ、あこやったら、そう危なくないし」

「気をつけるんだぞ、俺もあちこち、探してみる」

「何かわかったら、僕の携帯に連絡くれる?」



任せとけ、と猪上さんは請けあって、私たちを見送るのと同時に、自分も自転車で逆方向へと向かった。

村のはずれにある湖は、地域の水源でもあり、夏祭りの舞台でもある。

秋の終わりになれば白鳥が群れをなしてやってきて、ここで冬を越していく。


湖畔の広場には、祭りに向けて組まれはじめた足場が、月明かりを背に浮かびあがっていた。

林太郎が照らす懐中電灯の丸い光の中を、イタチか何かがさっと横切る。



「いないみたいやな」

「そうだね…」



岸辺の傾斜が浅いため、湖は水たまりみたいにゆるやかに始まっている。

誤って落ちるような場所じゃない。

茂みや建物の陰もくまなくのぞきながら歩いたけれど、母の気配はなかった。


くたくたになって家の前まで戻ってきた時、林太郎が遠慮がちに切り出した。



「あっちゃん、よかったら、僕んち来ん?」



じっと見あげる私に、早口でつけたす。



「その、ひとりやと、心細いやろ、ほやって」



あっちこっちに視線をさまよわせながら言う林太郎を見て、ああ、と思った。

私たち、こんなに離れたんだ。