「人見さん、私以外には、本当に見えてないんですね」
「人見って奴は多いから、伸二と呼んでくれたほうが助かる」
「人見なんて苗字の人、そんなに知りませんよ」
「“人”の話なんてしてない」
…死神の話ってこと?
とりあえず話の続きは人目につかないところでしようと、自転車を押しながら、私はいったん口をつぐむことにした。
横を歩く死神は、今日も白いTシャツにジーンズだ。
平均身長の私は、少し見あげるようにしないと目を合わせて話すことができない。
整った顔立ちだけど、目を引くほどかと言われるとそうでもなく、かといって断じて地味ではない。
外見からは、職業にふさわしいおどろおどろしさとか暗さなんて、いっさい感じられない。
しいて違和感をあげるなら“黒すぎる”髪と瞳だろう。
彼の漆黒の髪と瞳は、じっと見ていると時折、表面がちらっと虹色に輝く。
地面に漏れた車のオイルみたいな、あんな感じに。
それだけが唯一、彼が確かに普通の人間じゃないのかもと思える要素だった。
駅前のコーヒーショップで、キャラメルシロップ入りのドリンクを買った。
いるかと訊いたらいらないと言うから私のぶんだけ買ったのに、店舗を出た死神は、やけにじろじろと手元を見てくる。
「…飲みます?」
「いつ礼儀を思い出してくれるのかと思ってたんだ」
差し出すと、ほがらかにそう言って、当然のように受けとった。
駅ビルを抜けて、裏手の神社に行こうとしていた私は、これって礼儀だったっけと首をひねる。
上から目線のわりに、子供みたいににこにこして、死神は一気にそれを飲み干した。
「ちょっと」
「返そう」
ぽいとほうるように渡されたプラスチックのカップは、元どおりなみなみとドリンクで満たされている。
狐につままれたような気分でそれを受けとると、死神が「俺には甘すぎる」と舌なめずりをしながら不満げにぼやいた。