「お姉ちゃん、本当にその曲好きだよね」


荷物を下ろして傍らにやって来た佐絵が、私の肩に手を置いて言った。

私は「え?」と首を傾げる。


「だって、他の曲は弾けるようになったら次のやつにうつるのに、その曲だけは、一年以上前からいつまで経っても弾き続けてるもん。本当に好きなんだね」

「………」


私はぼんやりと佐絵を見上げた。


一年も前から私はこの曲を弾いていただろうか。

思い出せない。


「なに? 変な顔して」


佐絵がきょとんとした表情で言ったので、私は慌てて「ううん、なんでもない」と笑みを浮かべた。


「そういえば、美冬、最近は慰問演奏に行ってないのか?」


洗面所から戻ってきたお父さんが、ふいにそんなことを訊ねてきた。

何の話か分からなくて、私は首を傾げる。


お父さんが怪訝な顔をして、

「ほら、慰問だよ。去年まではよくピアノを弾きに行ってただろう、しらとりだか、何とかいう所に」

とネクタイを緩めながら言った。


やっぱり話が見えなくて、お父さんは何の思い違いをしているんだろう、と考えていたら、

「おなかすいたー! 早くごはん食べたい。お姉ちゃん、作るの手伝うよ」

と佐絵が声をかけてきたので、私の思考はそこで途切れた。