ピアノの前に腰掛け、蓋を開ける。

整然と並んだ白と黒の鍵盤。


指を置いて、音を奏でていく。

そうしながらも、頭の中ではたくさんの言葉や記憶の断片が飛び交っていた。


しらとり園。

ピアノ。

折り紙。

ネックレス。

涙の雫の形をしたピック。

教会。

十字架。

雪夜くん。

彼の腕と背中の傷痕。


たくさんの点。

私の心に引っかかっていたものたち。

でも、それらをつなぐ線が見つからない。


どうして私は雪夜くんの歌と音を知っていたのか。


雪夜くんと嵐くんが育った施設に、私はピアノを弾きに行っていた――でも私はそれを覚えていない。


どうして私は忘れてしまったのか。

何を忘れてしまったのか。


分からないけれど、思い出したい。

思い出さなきゃ。


だって、全てを忘れてしまったのに、一つだけ分かっていることがある。

私が忘れてしまったことは、私の中から抜け落ちてしまっている記憶は、とてつもなく大きくて、大切なことだと。


それだけは分かっているのだ。


ねえ、そうでしょう? 雪夜くん。

私たちは――。


考えながらピアノを弾いていくうちに、いつの間にか曲が変わっていた。


曲名も分からないけれど、いつの曲かも分からないけれど、なぜか身体が覚えていて、指が勝手に動く。

いつかもこの曲を無意識に弾いていたことがあった。


あれは――雪夜くんに出会った日だ。

今から数ヵ月前、四月の終わり。

初めて会ったはずの彼の冷たい態度に傷ついて、家に帰ってからピアノを弾いていたら、指が勝手にこの曲を奏でていた。