「――はじめまして」


よかった。
ちゃんと声が出せた。

外を見ていた遠藤くんの横顔が、すこしだけこちらに向いた。

前髪の間から、その目が私のほうに向けられていると分かる。


そのことに励まされて、私はさらに続けた。


「あのね、私、霧原美冬っていいます。よろしくね、遠藤くん」


こんなふうに自分から声をかけたのは初めてだった。

震えなかっただけでも自分を褒めてあげたい。


でも、舞い上がっている私をよそに、遠藤くんは何も言わない。

ただ黙って、横目でじっと私を見つめ返しているだけ。


いきなり声をかけてしまったから、戸惑っているのかもしれない。


「ごめんね、急に。あの……せっかく隣の席なんだし、分からないこととかあったら、なんでも訊いてね」


彼との間にある壁をなんとか崩そうと、私は必死で声をかける。


「………」

「授業のこととか、移動教室のこととか、なんでも」

「………」


でも、遠藤くんはやっぱり顔色ひとつ変えずに、とうとう無言のまま、すっと視線を戻してしまった。