ゆっくりと指に力をこめる。

ぞくりと全身の肌が粟立った。


ふ、と息を吐いて、鍵盤を押そうとした、その瞬間。


「おい」


すぐ耳許で声がして、私は肩を震わせた。

目を向けると、無表情な雪夜くんがすぐ側に立っていて、じっと私を見ていた。


「触るな」


何のことだか分からなくて、しばらくぼんやりと彼を見つめ返す。

すると雪夜くんが視線を落としたので、オルガンに触れるなと言っているのだと気がついた。


「……ごめん、そうだよね。勝手に弾いちゃだめだよね」

「………」

「鍵盤見ると、触りたくなっちゃって……」


雪夜くんは何も答えなかった。

私は鍵盤から指を離す。


梨花ちゃんが私たちの奇妙な雰囲気に気づいたようで、近づいてきた。


「なになに、どうしたの? あ、もしかして美冬、ピアノ弾けるの?」


オルガンの前に立っている私を見て、梨花ちゃんは目を輝かせた。


「何か弾いてみてよ!」

「え……ええと」


思わず隣の雪夜くんを見上げる。

雪夜くんは「やめとけ」と一言呟いた。


「今日見に来たのは十字架だろ。早く行くぞ」


流れを変えるように言い切り、彼はすたすたと歩き出した。