「どこ行ったんだろうな、あいつは」
「……どこ、行ったんだろうね」
川辺にでもいけば、出逢ったときのように、いつものように、ごろんと寝そべっている猫がいるんじゃないかと思えてくる。
話しかければ、ぎょろっとした瞳で私を真正面から捕らえて、心のなかまで覗き込んでくるような視線を向けるんじゃないかと。
「そういやおまえ、マフラーは?」
「ああ、なんか、なくなっちゃった」
自転車の前かごに入れていたはずの、黒と白のボーダーのマフラー。気がつけばなくなっていた。鞄の中にも自転車の中からも見つからなかった。どこかで落としてしまったのかな。それとも。
「ピアノが持ってっちゃったのかも。……ピアノが、大好きだったから」
「はは」
鍵盤に寝そべるのが好きだったものね、ピアノは。
あのマフラーも、鍵盤のように見えたのかもしれない。
頑張れるよ、私。私が頑張りたいって、思っているのが分かったから。自分のしたいことができる勇気を、きみにもらったから。
だから、きみの好きなモノクロのマフラーは、あげるよ。
頑張るのはしんどいこともあるし、全然報われなくてやめたくもなる。
だけど、頑張っている自分のことが好きなんだよ、私。
私、頑張りたいのに頑張れなくなった自分が嫌で、逃げ出したんだよ。頑張れる自分のことが好きだったから、頑張れなくなった自分が許せなかったんだ。
逃げ出して、記憶を失ったその先で、大事なものを思い出すことができた。頑張ることから逃げ出して、また、頑張ろうって思えた。
だから、今度はもっと、違う方法で、私は、自分のために、頑張りたい。
「俺は程々に、頑張ることにするかな」
「うん、応援する」
いろんな〝頑張る〟を、教えてもらった。頑張り方次第で、なんにでもなれるような、そんな気がする。
「頑張るって、未来を作ることと、似てるかもね」
だから、もうちょっとだけ。ピアノがつないでくれたこの関係を、不確かなもので終わらせないために。
自転車のブレーキをかけてスピードを落とし、ゆっくりと立ち止まり地面に脚をつけた。隣りにいた壱くんが、少し手前で同じようにブレーキをかける。