「え?」
「いったいなあ! なにするんだきみは!」


 突然の声に驚いて慌てて起き上がると、彼の身体の下から黒猫が避難するかのように飛び出してきて、彼に向かって叫ぶ。

 や、やっぱりしゃべってる。黒猫が喋ってる。ってことは、この猫と喋ったのは夢じゃなかったってことだ。


「え? お前がしゃべってんの? マジで?」
「……なんだ、きみもぼくの言葉が理解できるのか。理解できるならまず謝るべきじゃないか?」
「うわー、すげえ。なにこれ? ぬいぐるみ?」


 彼も猫の言っていることが理解できるんだ。

 驚きつつも、猫の発言を全く無視して私に話しかけられて、首を左右にふることしかできなかった。彼の〝ぬいぐるみ〟発言に、黒猫は大変ご立腹らしく、ずっと文句を言っている。

 ただ、彼も驚いてはいるのだろうけれど、どこか冷静にも見える。

 飄々としている、といえばいいのか、あまり深く考えていないような。悪い人には見えないけれど、なにを考えているのか私にはわからない感じ。

 猫をひょいっと持ち上げて、「オスか」とか「どうなってんの?」と言っていて、猫は「失礼だ」とか「なんて人間だ」と文句を続けている。実際本当にお互い言葉が聞こえているのか疑問なほど噛み合ってない。


「へー、不思議なこともあるもんだなあ……」


 そう感心したような言葉とともに、猫はやっと彼から開放されて、動揺していたことを隠すようにしなりしなりと歩いて私に近づいてきた。しっぽは大きく上下左右に動いているから、落ち着いた状態でないことはわかる。


「あんた何者? しゃべる猫とこんなところで学校サボって」


 私に問いかけられたことに気づいて、答えようと思ったのに、なにも浮かんでこないことに気がついた。


「俺サボるときいつもここにいるけど、あんた初めて見たし、サボるの初めてだろ。なにしてんの」
「あ、うん」


 そう、初めて、サボった。
 ……でも、なんでだっけ? なに、してるんだろう。

 確か、学校に行くのが嫌になって、おばあちゃんの家に行こうと思って、自転車を走らせて、この黒猫に出会った。それは分かる。覚えている。


 でも〝なんで〟だっけ? なにかが、嫌になったんだ、と思う。でも、それ以上が思い出せない。


 戸惑っていると、猫が隣にやってきて私を見上げた。


「忘れたんだろう?」
「……え……と」
「きみが、それをしたいと思ったから、忘れたんだろう」


 忘れたいと、思った。

 そう、この黒猫に忘れられると言われた。それに対して私は、忘れたいって、思ったんだ。でも、だからって……本当に忘れたってこと、あり得るのだろうか。

 でも、思い出せないことが、忘れているっていう紛れもない事実を私に突きつけている。


「へーそりゃまた珍しいな。っていうか便利だな」


 便利って、そんな簡単な言葉で言えるようなことなんだろうか。

 興味が有るのかないのか、彼の口調では全くわからない。どっちかというと面白がっているという方がしっくりくる。