「茉莉」


 私を放置するように話し込む三人が、一斉に彼の方を向いた。視線の先には、正座したままの壱くんが、私に強い眼差しを送ってくれている。

 茉莉、と初めて、名前を呼んでくれた。

 一生、そんなことがないと思った。ありえないと思っていた。今日がアルだけでも奇跡みたいな出会いなのに、それがこうして、二度目の奇跡を届けてくれるなんて。


「茉莉、頑張れ」


 応援してくれるなんて。

 三人は、不思議そうな顔をしていた。文句を言いたいけれど、ただ、私を応援しただけ。彼は、それだけしかしてない。

 だけど、今私が一番欲しかったものを、くれた。


「……お母さん」


 声が、出る。喉から私の声が溢れ出る。同時に涙もぼろぼろとこぼれ始めてしまって、ジャージの裾でぐいっと拭ってから背筋を伸ばしてお母さんを見つめた。


「お母さん、私……キュウリとシソ嫌いなの」


 お姉ちゃんは食べられるけれど、私は食べられないんだ。
 残して帰ってきても、なにも言われなかった。ただ、お姉ちゃんが好きだから、私のお弁当にもいつも入っていた。嫌いなんだって言えば、好き嫌いしてって怒られるんじゃないかと思ったら、言えなかった。

 歯を食いしばって、鼻からゆっくりを息を吸い込んだ。

 涙が、止まらない。掌で拭っても拭っても、止められない。鼻水も出てきて、呼吸がうまくできなくなってきて、息を吐き出す音が大きくなっていく。


「勉強も、頑張って、る」


 満点じゃないけれど。ケアレスミスもするし、毎回学年トップでもなければクラスでトップでもないけれど、テスト前は一生懸命、やってるんだよ。


「一生懸命、バレー部だってやった」


 一番下手くそだったけど。


「友達も、いっぱい作りたかった」


 うまく、いかなかったけれど。


「おかあさん……」


 自分の、声しか聞こえない。涙で視界にはもうなにも見えない。だけど、今しか逃げられないから。頑張って、逃げるんだ。


「どうして、お姉ちゃんはよくて、私はダメなの?」


 ねえ、なんで? どうして?


「……私、頑張ってる、よ」