お姉ちゃんからのメールはどれもあまり緊張感はなかった。

 楽観的というか、マイペースなお姉ちゃんらしい、『なにしてんのー?』『お母さん心配してるよー』という言葉と絵文字。

 ……頑張ろうって決めた気持ちが、すぐ揺らいでしまうのは、私が弱虫だからかな。


 そして、美和子の名前を表示するメールで手が止まってしまった。着信もあったけれど、留守電は入っていなかった。電話とメール、どちらが先だろう。


『意地になって、ごめん』


 それだけの文字。だけど、それだけで十分だった。


 美和子も、頑張っていたんだ。私と同じように、意地になって、歯を食いしばっていたんだ。

 そう気づいてしまって、嬉しくて申し訳なくて、自分はどうしてこのメールが送れなかったんだろうかと悔やまれる。

 どうしてもっと頑張れなかったんだろう。
 逃げ出さずに頑張り続けることもできたんじゃないかと、思う。
 違う方法を探すことだってできたんじゃないかと。

 どうしてただ、状況に耐えることだけを選んだんだろう。

 そんなことよりも、こうして話すことのほうがずっとずっと、簡単だったはずなのに。


 私がしたことが、間違っていたかはわからない。


 でも、自分の意志をちゃんと伝えて、美和子を不安にさせてしまったことは伝えなくちゃいけなかった。

 それがわかっているのに、もう、嫌だったと思った気持ちもまだ私の中にくすぶっている。
 このまま逃げ続けたい。だけど、美和子と話がしたいし、この先の自分を変えることができるなら、頑張らなくちゃと、思う。


「逃げたい、でも、帰りたい」


 ああ、なんて、わがままな思いだろう。


「帰ればいいじゃないか」
「……そう、なんだけど」
「やっぱりぼくにはにんげんのことはよくわからないな」


 歯切れの悪い言い方に、黒猫は不満そうに首を傾げた。


「お前、なんでも簡単に言うなよ。頑張らなくていいならだれだって頑張ってねえよ」
「なんで頑張らなくちゃいけないんだ」
「なんで、って。俺がやらなくちゃ弟も困るし、親父だって、困るだろ」
「でも、やりたくないんだろ? やらなきゃいい。サッカーとやらだけを頑張ればいいじゃないか」
「で、でもほら、やりたくないことたくさんあるけど、やらなくちゃ、えーっと、前に進めないというか」


 私も壱くんと同じようなことを言うと、黒猫はますます首を傾げる。九十度くらいに傾いた顔のまま「やらなきゃいい」と同じことを繰り返した。