「悔しいけどお前の言うとおりだよ」
そう言われた瞬間、猫はちょっと澄ました顔になった。
とても現金だ。それを見ると私もくすりと笑みを零してしまう。
「母さんに戻ってきて欲しかったのは、俺がサッカーをしたいだけ。弟がクラブに入りたがってる、ていうのもあるし、あいつに俺と同じような我慢はさせたくないっていうのももちろんあるけど。本当は俺が開放されたかっただけだ」
クラブのサッカーはとても忙しいんだと言った。学校の部活以上に、親がとても重要になるらしい。そんなこと、知らなかった。
「親父も今は落ち着いてるし、家のこともしようとしてくれてる。だから、家族としては今の形のほうが幸せなんだろうなと思うよ」
「……うん」
「でも」
でも。その言葉の続きを彼は口にしなかった。
——でも、お母さんにいてほしかった。
それは、とても身勝手な気持ちなのかもしれない。
お母さんが好きだからではなく、自分がしたいことをしたいから。
だけど、私にはそれが間違っているとはどうしても思えない。
「ずっと……小学校から一緒にサッカーやってたやつと、高校で再会した時に怒られたよ。なんでサッカーやめたんだ、って。一緒に頑張ろうって」
そのとき、彼がどう答えたか、なんとなく想像がついた。きっと、今まで私に言っていたようなことを言っていたんだろう。〝無意味なこと頑張りたくない〟とか。頑なな口調だったのは、それを自分にずっと、言い聞かせていたからなんだと、今なら思う。
「ブチギレられて、険悪」
ふは、と笑いを漏らした彼は、少し悲しそうだった。
「あいつとサッカーするのも、遊ぶのも、好きだったんだけどな」
昔を思い出すような、遠くを見つめる視線には、寂しさは感じられたけれど幸せそうな笑みが含まれているように見えた。
ふと、視線が私に向けられて、会った頃には考えられなかった表情に、私はなにも言葉をかけることが出来なかった。
そのまま、お互い口を開くことなく川沿いを歩いて向かう。
夜になり始めた静かな道は、所々の家から香ってくる美味しそうなご飯の匂いに、とても幸せに満たされていた。
空には、いつもよりも多くの星が、いつもよりも強い輝きを放っていて、私たちを照らしてくれる。欠けた月を補うように。