スマホの電源を入れると、ひっきりなしにメールが受信された。

 不在着信の通知に、留守番電話の通知、そしてメール。学校と、お母さんと、お姉ちゃん。そして美和子からの電話とメールがひとつずつ。おばあちゃんも電話してくれたらしく、私に涙声の留守番電話を残してくれていた。

 電話をして、謝ってから住所を教えてもらって調べると、思いの外近くまで来ていたらしく自転車を押しながら向かう。黒猫も私たちの間をゆっくりと歩いてついてきた。


「親には連絡しねえの?」
「……おばあちゃんに頼んだ」


 壱くんは不思議そうに「ふーん」と言ってから「俺、殴られるかな」とちょっと笑った。



 歩きながら、壱くんはいろんなことを教えてくれた。

 小学校卒業と同時に両親が離婚したこと。それまでにも浮気を繰り返していた母親が原因で家の中では喧嘩が絶えなかったこと。そして、それを必死に修復しようと頑張っていたこと。


「おかんだけが、悪いんじゃないかもしれないけど。仕事漬けの親父に不満もあったのかもしれないけど。それでも、許せない」


 はっきりと、口にした。

 それでも、仲よくして欲しかった。それでも、ケンカしてほしくなかった。許せないのは、それほど大事だったからだと思った。

 それは、思いを吐き出すような叫びでもなくて、かといって悲観的な口調でもなく、淡々と、どこかすっきりとしたもので、私は黙ってそれを聞いた。


「結局出て行くことになって、言われたよ。『もう頑張らなくていいんだ』『もういいんだ』って」


 両親と一緒に出かけることを提案したり、家の中で一生懸命話題を振ったり、弟にケンカを聞こえないようにしたり。小学生の彼は、それをどんな気持ちでしていたのか、私には想像もできなかった。


「そしたらなんか、どうでもよくなってきて、いろんなことがどうでもよくなったんだ。サッカーで友達にスタメン取られたり、思い通りのプレーができなかったり、なんかどうでもよくなった。頑張るのアホらしくなった」


 そういってから「でも」と言葉を続ける。


「本当は、嫌なことから逃げただけだな。また、もう無理だって誰かに言われるのが怖かったんだよ」


 ちらっと猫に視線を落としてから、苦笑する。猫は理解しているのかいないのかわからない、いつもの表情で彼を見上げた。