水しぶきの音だけが、響く。
手先がカチカチに冷えてきても、構うことなく水の中に浸けて探した。ただ、彼の大事なものを少しでも早く、彼の手元に戻したくて。
カチン、と石とは違うものが手にあたり、すぐに取り出す。
それは間違いなく、彼が手にしていたスマホだった。
「あ、あった!」
ほっとして、嬉しくて、声を上げて彼に呼びかける。
少し離れた場所を探していた壱くんが、バシャバシャと勢いよく私に向かって走ってきて、取り出したスマホを握りしめた。
多分、もう、使えない。長いこと水の中に沈んでいたし、画面は真っ黒だった。それはきっと、壱くんだってわかっている。それでも、大事なものなんだ。
全てをなくしてしまいたいと思うほどに。
「……俺、悔しいよ」
寒さと、感情の高ぶりで、彼の歯がカチカチと音を鳴らした。声も、はっきりと震えていて今にも消えてしまいそうに弱々しかった。
肩が震えている。手も、脚も、声も、全てが。
その全てを寒さのせいにして、今だけ、全てを吐き出せればいいと思った。誰よりも頑張っていた彼だから、こんなときくらい、甘えてくれればいいのにと、思う。
「頑張ったら、もう、頑張らなくていいって言われた。なのに、なんで今更頑張れとか言うんだよ……頑張っても無駄だってことを、母さんが俺に伝えたんじゃないか……」
頑張ることは無駄にならないって、誰かがよく口にしている。けれど、必ずしも思った通りの結果を生み出さないってことを、私は知っている。
私は、それは頑張りが足りないからだと思った。
彼は、それが無意味なことだからだと思った。
だったら、頑張るってなんだろう。何のために頑張り続けなくちゃいけないんだろう。結果って、なんだろう。
「俺がもっと、頑張れたら……」
頑張ってたよ。
誰よりも、頑張っていた。誰よりも強く、立っていた姿を私は知っている。わかりやすいものじゃなかったかもしれない。誰にも、見つけてもらえなかったかもしれない。
それでも。
彼は誰より頑張っていたって、思うんだ。
赤く染まった彼の手に、私の両手を添えた。ふたりとも冷えきったその手には温もりもなにもなかったけれど。そこに、また彼のもう片方の手が添えられる。
壱くんの頭がゆらりと私の方に傾いて、肩に重みが与えられた。微かに濡れた髪の毛が、私の頬に触れる。
壱くんの背中には、空に月が輝いていた。欠けた月が、欠けた私たちをそっと照らしてくれているみたいに優しいもので、思わず瞳に涙が溜まっていく。
「サッカー、続けたかったよ」
「うん」
「俺は、頑張りたかった」
それがたとえ、無意味なことだとしても。
思った結果を得られなくても。
それでも頑張りたいと思う壱くんのことを、私は、応援したい。
頑張ることを、諦めなければならなかった、諦めることを頑張るよりも、ずっとずっと、無意味なことを頑張っている方がいい。
そのほうが、きっと、壱くんは笑っていられるはずなのに。
ぽちゃん、と小さな水しぶきの音がした。
それは、私の涙なのか、彼の涙なのかは、わからなかった。