せめて、彼らと一緒にいる間だけでも。
せめて、壱くんと一緒にいる時間は。
なんて。まるで、彼に特別な感情を抱いているみたいだ。
自分の気持ちに自分で突っ込んで、羞恥を振り払うように頭を軽く振った。そもそも、私には好きな人がいたはずなんだから。
ハッとすると、かごの中の黒猫が、私をじいっと凝視していた。自分の邪な考えがすけて見えるのではないかと、一瞬たじろいでしまう。
「な、なに」
「なにも言ってない」
そう、だけど。なにか言いたいことあるから見てきたんじゃないの? そう言いかけたけれど、余計に話がややこしくなりそうだから黙っておいた。
ペダルにぐっと体重をかけて速度を上げると、風の音が聞こえた。
商店街を通り過ぎると、いつのまにか高架下ではなくなっていて、あたりはまた住宅街に変わった。といっても、一軒家ではなく、アパートやマンションやハイツが多い。
見た感じ、家族連れよりも若い夫婦だとか、一人暮らしの人のほうが多い地域なのかもしれない。さっきの駅も商店街もあってそこそこ大きい感じだったから、交通の便もいいのかな。
気分転換は出来たけれど、身体はまだあちこち痛くてだるい。
多分壱くんもなのだろう。相変わらずのスローペースで進んでいると、景色が少し前よりも赤く染まっているのがわかった。
そっと視線を上に向けると、太陽がどんどん傾いている。
風も少しずつ冷たさが増していて、マフラーのない首元がスースーと風を通して私の体温を奪っていく。
ちらっと目の前の黒猫を見れば、私のマフラーが気に入った様子でゴロゴロと手を引っ掛けて遊んでいた。お気に入りというわけでもないから別にいいのだけれど……今更そのマフラーを首に巻くには抵抗がある。恐らく黒猫の毛が沢山付いているだろう。失敗したなあ。
コートの襟元を立てて、できるだけ風が入らないようして、スマホで地図を確認しながら前を走る壱くんを見つめた。
壱くんの用事って、なんだろう。
もう、スマホにお父さんから連絡は入っていないのかな。
今、どんな顔しているんだろう。
なにも言わない壱くんの背中は、時間が立つに連れてどんどん緊張感を醸しだしてくるように見えて、声をかけづらくなった。
私が後ろにいることなんて忘れているんじゃないかと思うほど、前だけを見ている壱くんの背中は、たくさんのものを背負い込んでいるように見える。この先に向かう場所が、それらに関係しているかはわからないけれど、数時間もかけて走り続ける彼にとっては、大事なことなのかもしれない。
ただ、ひたすら私が走り続けたのは、今はおばあちゃんの家に向かうためではなく、壱くんを追いかけていただけ。
気を抜いたらどこかに消えてしまいそうな彼の背中を追い続けて、住宅街を複雑に曲がりながら進んだ。