「……そういえば、用事って、どこまで?」
あとどのくらい一緒にいられるんだろう。
暇つぶしとか、面白そうとか言って、ついでに用事もあるとか言ってたけれど、その内容ってなんなんだろう。
ぶらぶら歩きながら問いかけると、彼は「もうちょっと先かな」と曖昧返事をしてから「お前は、キョーダイとかいんの?」と聞いてきた。まるで、話題を避けるみたいに。
「……うん、姉がひとり」
「ふーん。お前みたいに面倒なやつなの?」
「多分、違う」
面倒ってこう壱くんにも黒猫にも何度も直接言われるとあんまり気にならなくなるものなんだな。相手が壱くんだからっていうのもあるのかもしれない。
昼間、あれだけ話をした相手だから。そして、多少なりとも、彼の言うとおりだと思っているから。
苦笑を零しながら、かすかな記憶を探って曖昧に答える私に、壱くんは当然「なんだそれ」と意味のわからない顔を向けた。
「まだ、思い出せない」
それが、私にとって忘れたかった記憶だからだ。
「でも、思い出すんだろ?」
「……うん」
怖くないといえばウソになる。
思い出せないのは、まだ逃げているから、まだ逃げている最中だから。
だけど、思い出すって決めた。
美和子とのことのように、忘れて逃げたこと。美和子のことを思い出した今、また来週から学校に行くことを前向きには考えられないくらい、私は弱い。
でも、思い出すって決めたから。
「私、頑固だから」
壱くんと黒猫以外に言われたことのない言葉。
口にすると、自分でもそうなのかも、なんて思えてくる。
いつも、ふらふら流されていただけの自分は、なんだったんだろうって思うくらいに、今の私は頑固で、意地っ張りだ。意識していなかっただけで、心の底ではずっと、そんな私だったのかもしれない。
「あ」
そろそろ商店街の終わりだ、と思ったとき。右手に小さな楽器屋が見えた。
ショーケースにはいくつかのギターや楽譜が並んでいて、店の中には小さなキーボードが見える。
ふらふらと、吸い寄せられるように店内に足を踏み入れると、外からは見えない位置に、小さなピアノがひと置いてあった。
鍵盤を押すと、ポロン、と懐かしい音色が響く。白と黒の鍵盤。