「……邪魔だと思ってるわけじゃないよ」
「何言ってるんだよ、ぼくが邪魔になんかなるわけないじゃないか」


 ご機嫌取りのようにそっと背を撫でると、片目だけをちらっと開いて至極当然のように告げる黒猫に苦笑してしまう。


「お前、こいつには甘いな」


 壱くんがにやりと笑った。耳だけを反応させて振り向かない黒猫は明らかに無視している。

 そんな様子に気にすることもなく、壱くんは「んじゃ気分転換にぶらつくか」と言って自転車から降りる。私はその隣に同じように並べて、鍵をかけた。

 前かごの黒猫をこのまま放置するのも気が引けたから、なんとなくひと目につかないように自分のマフラーを解いて身体にそっと乗せる。

 これで少しくらいは暖かくなるといい。
 目を開いた黒猫が、かすかに笑って「ありがとう」と言ってくれたかのように思えた。


 商店街は適度に賑わっていた。
 バーケードがあるほど大きなものではないし、入り口のパチンコ店やファーストフード店以外はどれでも年季の感じる佇まいをしている。けれど、この辺に住む人はみんなここに買い物に来るんだろう。


「へえ、安いな」
「分かるんだ、すごいね」


 魚屋さんに並んだ商品を見ながら、壱くんがつぶやく。


「そりゃ、買い物することもあるしな」


 私にはまだどれが高いとか安いとかはわからない。
 でも、なんとなくスーパーで見るものよりも美味しそうに見える。

 隣の八百屋の野菜も生き生きしているように感じた。それを壱くんに伝えると、雰囲気でそう見えるだけだろ、と言われてしまったけれど。


 だるい足腰も、違う体勢で動いていると少しだけ楽になった。


 周りには、子連れのお母さんらしい人やおばあさんが多いけれど、たまに学生のカップルも歩いている。仲よさそうに手をつないでいたり腕を絡ませたり。

 私たちも、そんなふうに見えたりするのかな。

 違うけど。そんなんじゃないけど!

 でも、目的もなく、そばにある店を覗いたりしながら隣を並んで歩いている私たちは、デートをしているように思われたりするのかな。

 そんなことを考えると妙に緊張してきて、ついさっきよりも距離を開けて歩いてしまう。
 ここに来るまでずっと一緒にいたのに。しかもお昼を食べるまで苦手だなって思ってたのに。

 意識するとどんどん平常心を保てなくなる。冷たかったはずの頬に熱を帯びていくのがわかるのに、自分ではどうすることも出来ない。


 そもそも私……好きな人がいるのに。


 彼に気づかれないように静かに深呼吸を繰り返し、必死に心を落ち着かせた。と、同時に彼が「ん?」と何かに反応してポケットからスマホを取り出した。


「あ、やべ」


 画面を見つめながら眉をひそめた壱くんに「どうしたの?」と声をかける。
 彼がこんな顔を見せるのは今日一日で初めてだ。なにか大きな問題でも起こったんだろうか。