「ほんっとうっせーなお前は……。大体お前はなんの目的もねーだろ」
「失敬だなあ、あるに決まっているだろう」


 まだツン、と澄ました顔で黒猫は目をつむっている。会話をしているけれど目を合わさないその態度に、壱くんがちょっとイラッとしているのがわかった。

 黒猫にしてみれば耳はしっかり彼の方を向いているから、わざとじゃないのかも。しっぽも会話に合わせて動いているし。

 かわいい前足の爪をきゅっと隠すように丸めて顔の下に敷いている姿だけ見ていればかわいいとしか言いようがないのだけれど、口を開くと人生を悟りきったおじいさんみたいだ。

 そのギャップが余計に憎たらしく思えるし、可愛くも見えるのだから、猫はずるい。

 話に混ざりはしなかったけれど、黒猫に振り回されているような壱くんについ頬が緩んでしまった。


「取り敢えずちょっと休憩してえ」
「そうだねー」


 ずっと体を動かしっぱなしだ。

 歩いて行くよりも遥かに自転車のほうが楽そうなのに、結構疲れるものなんだな、というのをこんなに長時間走らせてやっと知った。太ももが結構パンパンだ。足の裏もなんだか疲れが出てきて、ただ手を添えているだけだと思っていたのに腕もだるくなってきている。

 でも一番辛いのはおしり。

 数時間自転車に乗るだけだとおもていたのに。甘く見ていた。

 とはいえ、すぐに自転車を止めたってなにもない。どうしようかと思っていると、今までで一番じゃないかと思うほどの交通量のある道路が私たちの目の前を通っていた。人も急に多くなってきて、少し賑やかだ。

 どうしたんだろうと思いながら信号を渡り、少しだけ走り続けると、商店街が見えた。特別大きな商店街ではないけれど、寂れている様子もない。大きなパチンコ店があって、その近くには全国チェーンのファーストフードやパン屋さんがある。


「ちょっと休むか。っつっても店には入れねえよな」
「んー、お腹空いているわけでもないしねえ……」


 入口付近の隅っこで自転車を止めながら黒猫を撫でる。猫を連れてどこかの店には入れないし。かといってここをスルーして先に進むのはちょっとしんどいなあとも思う。

 壱くんも同じ意見なのか「そーだよなあ」と同意をして、自転車のハンドルにもたれかかるように座って商店街を見つめた。


「息抜きに回ってみればいいじゃないか」


 何言ってるんだ、とも言いたげな呆れた声だった。軽く首を傾げた黒猫が私をじっと見つめている。さっきまで目を細めてなにも見ていなかったのに。


「ぼくはここで寝てるよ」


 私の戸惑いを察したのか、ふっと視線をそらして丸まった。

 そんなこと言われても、猫が一緒じゃウロウロできないよ、て思った。店に入れないし、他の人に迷惑になるかもしれない。それを悟られてしまったような気がして、後ろめたさを感じる。