暫く黙ったまま空を仰いで過ごした。

 風がきつくなってきて、雲がものすごいスピードで流れていく。雲の割合が増えてきて太陽がよく隠れるようになると、温度はぐんぐんと下がっていった。

 そろそろ、行かないとな。

 ぼんやりそんなことを考えると、となりで欠伸をする声が聴こえて振り返る。いつの間にかそばにいた黒猫が、目を微かにうるませているように見えた。


「寝てたの?」
「起きてたよ。ずっとここにいた」


 さっきまで遊んでいたくせに。

 頭を可愛らしい右足でこすってから、背伸びをしつつ立ち上がる。身体をしなやかに反らせてから私と壱くんを一瞥した。


「きみたちはもっと自分の気持ちを自分で理解すべきだ」
「……なんだそれ」
「そのままの意味さ」


 猫は相変わらず曖昧な哲学的な事を言う。

 自分の気持ちを、理解するってどういうことだろう。自分のことなんだから、わかっているつもりだけれど。猫からすると違うのかな。

 壱くんは少し考えたように黙ってから、私の視線に気づくと肩をすくめてすっくと立ち上がった。


「そろそろ行くか。日が暮れる」


 彼は猫と同じように背を伸ばしてから「行くか?」ともう一度私に問いかけた。


「行くよ」
「思い出すっつーから、もう逃げるのやめるのかと思ったけど」


 微かに意地悪そうに笑った彼は、お昼を食べる前までのそっけない彼とはちょっと違う。その理由が、この時間を過ごしてきたからだということはわかる。

 叫んで、文句を言って、話をした時間。

 私は、今までこんなふうに、美和子とぶつかってきただろうか。


「思い出すけど、引き返さないよ、今更」


 私も彼と話すことが、こんなに楽になっている。今までぐっとこらえてきたものを吐き出したから、今更彼に対して必死に話を合わせたって意味がないと思っている。


「ここから先は、俺道わかんねーから適当だけど」
「それは困るな。ぼくは疲れているのに」
「お前はかごの中にはいりゃいいだろ」


 壱くんに言われたのに、都合の悪いことには耳を閉じてしまうのか、無視をしてすたすたと自転車の置いてある場所に向かって進みだした。耳だけは一応壱くんの方に向けているけれど。


「じゃあ、頑張ろうか」
「やだね。俺は頑張らないで適当に行く」


 私も気合を入れて立ち上がった。肩に提げたカバンが、心なし軽くなったような気がして、足取りも軽くなる。