「き、きみが、話してる、の? 私に?」
猫になに話しかけているんだろう。自分で滑稽だと思った。でも、この信じられない状況で、こうする以外にどうすればいいのかわからない。
私の呼びかけが聞こえたのか、黒猫はまんまるの瞳をより一層見開いた。まるでぽろっとガラス玉が落ちてしまいそうなほどに。
「ぼくの声が聞こえてるのか。きみは珍しいね」
ゆ、夢でも見ているかもしれない。
どう考えても、今、私は猫と会話している。頭を打っておかしくなっちゃったのかもしれない。
猫が話すなんて。会話できるなんて。
呆然とする私をばかにするように、黒猫はもう一度大きな欠伸をしてから、自分の前足をペロペロと舐める。私と会話できることに対しての興味なんてなくしてしまったらしい。
前足を舐め終わると、自分の身体を舐めて毛づくろいする。
あまりにも普段通りの、猫らしい行動を続ける姿を見ていると、一人で狼狽しているのが馬鹿みたいに思えてきてしまう。
「も、もしかして、人間と話できるのって、よくあることなの?」
私の問いかけに、黒猫は耳だけを先に私の方に向けてピクピクっと動かしてから動きを止めて私を見つめる。
「ぼくはいつも喋ってるけど、意味を理解する人間に会ったのはきみが初めてだな。ウワサには聞いたことがあるけど実際にそんなことがあるなんて知らなかった」
「……の、割に落ち着いてるね」
私はこんなに狼狽えているのに。今だってこうして話しているのが不思議なくらい。猫に話しかけたことは何度もあるけれど、会話できるなんて。
けれど、そんな気持ちは猫にはちっとも理解できないらしい。
「おかしなことを言うね、きみは。慌ててどうにかなるわけでもないのに。無駄なことが好きなのか?」
言われてみると確かにその通りだけれど……そんなバカにしたように言わなくてもいいじゃないか。舌足らずの可愛らしいしゃべり方だからこそ、余計に大人びた発言のアンバランスさが引き立つ。
話さなければかわいい猫なのに。首輪をしてないけれど、痩せこけた感じもないし、毛並みもいい。逃げ出した飼猫かもしれない。見た感じ、まだ若い気がする。二歳か三歳くらいだろうか。
見ていると懐かしくなってくる。
よくわからないけれど、猫の言うとおり、焦ったり戸惑ったりしたってどうしようもないか。