実際、それらが嫌だったかと言われたら、そうでもなかった。
勉強する時間はたっぷりとあったし、感謝されるのは、それが美和子の言うように口先だけだったとしても、嬉しく思ったんだ。
放課後、誰もいない教室からグラウンドを眺めるのも好きだった。ガランとした教室は、私だけのもので、家に帰るくらいならこの場所で何かをしている方が楽しかった。
「好きな人ができたんだ」
こっそりと、学校の帰り道で美和子が私にだけ話してくれた初めての恋話。それは、同じクラスのサッカー部の男の子だった。私と日直で毎月ペアになる男の子。
仲よくなるために何度か日直を代わるように頼まれて、私はそれを快諾して応援していた。
「茉莉は好きな人いないの? 協力するよ!」
そう聞かれたとき、浮かんだのはグラウンドの男の子。
見かけてから私はずっと、その人を追いかけて見つめていた。それが恋かどうかは、わからない。ただ、気になっているだけで、憧れのような、もしくは勝手に仲間のような親近感を抱いていただけかもしれない。
「いない、よ」
そのとき、〝わからない〟と答えてもよかったんだろうと思う。
だけど、とっさに出てきてしまったのは、否定で、一度口にしてしまえば、嘘をついたことになるような気がして言えなかった。
その後、茉莉はそのサッカー部の男の子と付き合いだして、私たちの会話はもっぱら恋話になった。友達たちのそんな会話を聞きながら、わからないけれど曖昧な返事をしながら、自分があの男の子に抱く気持ちの名前を探し続けていたと思う。
興味がないわけじゃなかった。
だけど、恋人というものをイメージできるほど私は自分の気持ちにも自分自身にも、自信なんてなかったんだ。
ケンカして泣く美和子に「頑張って」と言って、告白するという友達にも「応援するね」と言って、好きな人に恋人ができたんだと落ち込んでいた友達に「大丈夫だよ」と言う。
思い返せばテンプレートの返事だった。
「今日の日直変わってほしいの」
そう言われたのは、クラスの、そんなに話したことのない女の子。必死の表情で、今にも泣きそうに見えた。面倒な日直を、私に頼むのではなく、私の代わりにさせてほしいという理由なんて、一つしか見当たらない。
美和子が一度、彼女は彼のことを好きなんじゃないかと不安がっていたことを思い出して、流石にすぐには返事ができなかった。
「え、と、でも」
相手は美和子の彼氏だ。喧嘩をしつつも数ヶ月、仲よく付き合っていて、それはクラスメイトはみんな知っているはず。
「わかってるの、でも、無理でも、告白、したいの」
震える声。
結果はわかりきっているはずなのに、告白しようと思い至るには、きっといろんな葛藤があったんだろう。
相手は、美和子の彼氏。だけど、告白されたところでそれは、変わらないだろうと思った。目の前で、美和子の友達だと知っていて頼む彼女に、私はどうすればよかったんだろう。