息が、苦しい。苦しい。もう嫌だ。逃げたい。学校になんか行きたくない。


——『さぼってたんじゃないの?』


 さぼってない頑張ってた。頑張った。たった、ほんの一瞬でもいいから、逃げることがどうしていけないの? 嫌なことを忘れたっていいじゃない。

 耳の奥まで閉じるように、強く押さえつけて、なにも見えないように瞼を固く閉ざしてうずくまる。卵になったみたいに殻に閉じこもって、嫌なことから逃げ出している。


 私が逃げたかったのは、こんな姿になるためだったっけ?


 口内に血がにじむけれど、痛みは感じない。それよりも強く噛んだ奥歯のほうがずっと痛む。それは、今までずっとそうしてきたからだ。

 逃げたはずなのに、むしろ悪化している。それは、壱くんの言うとおりだ。悔しい、悔しい。悔しくて、惨めで自分に憤りが募る。


「……思い出す」
「は?」


 奥歯を噛み締めたまま、絞りだすように吐き出した言葉に、壱くんの反応が返ってきたのが閉じた耳に微かに届いた。

 そっと手から力を抜いて、顔を上げると、透明な水が太陽の光を反射させてキラキラと輝いて見えた。あんなふうに、流れていければいいのに、と思う。それは、私が泥水の中でもがいているから憧れるんだ。


「思い出して、ちゃんと、逃げる方向を見つける」


 嫌なことから目をそらしていればいいんだと思った。忘れたいと思ったけれど、忘れた今、私はわからないという気持ちにがんじがらめになって、逃げるんじゃなくてただ、小さく縮こまっているだけで身動きができなくなっているんだ、きっと。


 逃げ出してもいいんだ。


 私は今日の朝、そう思った。だけど、今私は逃げることさえ出来てない。頑張ることから逃げ出したのに、なんで頑張って閉じこもっているんだろう。

 ちらちらと脳裏に蘇る記憶に振り回されて、気分が沈むばっかりだ。


「お前、結構頑固だな」


 苦笑交じりに彼が言った。


「俺は頑張りたくない人間だから、お前の気持ちはわかんねーけど」


 ものすごく、どうでもいいような言い方。だけど、彼の表情は面白そうに微かに笑っていて、それが嬉しくも思った。彼の言葉を遮って、叫んだ私に対して、少しの不快感も抱いていない彼の姿に胸が軽くなる。

 少しだけ、朝の時のような開放感がある。

 それは、なんでだろう。なにも状況は変わっていないのに。