ビニール袋を引っさげて、壱くんがキョロキョロしながら歩く。

 住宅街を抜けると、林と田んぼが広がる田舎道に変わった。道はくねくねと曲がっていて、上ったり下がったりしている。

 黒猫は隅っこのほうを軽やかな足取りで遊びながら付いてきた。目を離すと田んぼに突っ込んでいきそうなほど、楽しそうに見える。

 どこまで行くつもりなんだろう。


「あ」


 あった、と言って自転車を止めた壱くんは「この先で食うか」と私の意見を聞いているようで聞いてない態度で草むらの中に入っていった。

 こ、こんな道に自転車止めておいていいの?

 あたりを見渡してみたけれど、家は周りにはないし、この先も林のような草むらがあるだけ。車が通るような気配もないし、大丈夫かな。できるだけ端によせて、自転車を止める。


「おいで」


 そばで草をいじっていた猫を呼ぶと、しっぽを大きく振るだけで振り向かない。仕方ないな、と後ろから抱きかかえると「なんだ」と不機嫌そうに言われた。


「なんか、この中で御飯食べるみたい」


 寒いのに温い身体を抱きかかえて、壱くんが向かった先に行く。
 道らしきものはないけれど、草が左右に分かれていて、何人かがここを通っているんだろうなと思った。私の腰まであるそれをかき分けて歩いて行くと、少し先に壱くんの頭が見える。

 そして、さらさらと、水の流れる音。気温も少し低くなった気がする。


「わ、なに、ここ」


 草むらを抜けると、小さな川が目の前を流れていた。幅は一メートルくらいの、小さな川だ。透き通る程のきれいな水が、石にぶつかって不思議な模様を描いている。

 少し横を見ると、壱くんが不揃いな石でできた階段に腰を下ろしていた。階段をおりると川辺まで行けるらしい。


「こんな場所、知ってたの?」
「昔教えてもらったからな。いい場所だろ」


 ずっとここを探していたんだろう。嬉しそうな顔つきになっていて、今までの壱くんとは全く違って見える。

 こんな顔もできるんだ。なんだか、かわいいな。

 話しかけにくい雰囲気が少しなくなって、私も彼の隣に座った。石が凸凹してて、少し痛いし、川辺ですごく寒いけれどあんまり気にならない。ここがとても素敵な場所だからだろう。小さな秘密基地みたいで、さっきまで思い出したくないと震えていた気持ちが少し、癒される。

 黒猫のためにカバンに残っていた缶詰を取り出してお皿に盛り付けて、食べるのを少し見てから自分のお弁当に手を伸ばす。


「お弁当、あったんだ」


 壱くんの持っていた袋から取り出されたのは、菓子パンと、暖かい飲み物。そばには大きなお弁当箱があった。コンビニ探していたからお弁当を持ってきていないんだと思った。


「ん」
「え?」
「やるよ、ここ寒いから」


 ずいっと差し出されたのは、暖かいカフェオレ。受け取るとまだ暖かさが残っていて、手先からじわりと熱が身体に広がっていく。